K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

生存記録(20241219)

毎年恒例となっている有馬記念の公開枠順抽選会が行われたけれど、まるで何者かの意思が介入しているかのような結果に、予想が難しくなってしまった。普段、他のGⅠに対しては操作をしているのではないかと冗談ながらも疑うことがないわけではないけれど、有馬記念は不正のしようがないため、これは順当に運で決まった枠順となる。ただ、いわゆる競馬の神様の仕業とでも言えばいいのだろうか、名馬の引退レースに限って内枠に偏る傾向はこれまでにもあったわけだが、これほどにわかりやすく「やってる」と思うことも珍しい。
しかしながら実際問題、ドウデュースにとって競馬がしやすいかというと、必ずしもそうではない印象を受けた。というのも内枠にはドウデュース以外の有力馬も集められているがゆえに、内枠の利というものが他馬にも作用することになる。基本的には後方から末脚を活かす競馬しかできないドウデュースにとっては、そもそも外枠でも大差ないくらいの感覚だろうし、むしろ包まれるリスクも含めたら相対的には不利ではないかと思われるくらいだ。
逃げ先行といった、ある程度のポジションから押しきるタイプの競馬を得意とする馬にとって、外枠は絶望以外の何物でもなく、真ん中から内枠に入ってようやく好走の前提が整うと言っていい特殊なコースだ。ただ、差し追込といった後方から勝利を狙う脚質の場合は、序盤の位置取りよりも最終コーナーで大外をスムーズに回るための立ち回りのほうが肝要なので、枠の重要性が下がる。どうせ、やることは決まっているのだし、せいぜいスタートから最初のコーナーまでの数メートル分で僅かなアドバンテージを得られるくらいのものだろう。
個人的に、展開の鍵を握るのは3番のアーバンシックと5番のベラジオオペラだと考えている。前者は昨年に大外から先行させたルメール騎手であり、有馬記念の勝ち方を知っているだけに、注目している人は多いだろう。後者は操作性の高い馬だから、ひょっとしたら逃げる選択肢もありそうだと思っていたが、これなら十分に先手が取れるため絶好枠と言っていい。実力的に勝ちきれるかは微妙なところだけれど、タイトルホルダーのように前で粘る競馬に徹すれば2,3着の候補としては面白いだろう。
また、最内に入ったダノンデサイルは菊花賞の二の舞にならないように、こちらもおそらく先行策を取ってくるはずだ。出遅れなければ、並び的には2番手を確保しても不思議ではなく、侮れない。他方で、真ん中から外枠に入った馬たちは能力面から考えると、なかなか厳しいと言わざるを得ないだろう。人気よりも上の着順になりやすい枠、下の着順になりやすい枠、というのがあるけれど、ほとんどの有力馬が一般的には有利と思われる枠に、そうでない馬たちが不利な枠に決まったわけで……何が勝つかは読みづらくなったものの、おそらく当たり馬券を組むことは難しくない。人気の上位と下位とでオッズの乖離が顕著になるだろうから、当てたところで、という感じはするけれども、有馬記念はお祭りなのだから、それでもいいのかもしれない。
他に気になる馬を挙げるとすれば、ローシャムパークとレガレイラくらいだろうか。どちらも展開と位置取り次第では馬券内のチャンスがあるように思う。プログノーシスジャスティンパレスも能力は上位かもしれないが、どうしても掲示板までのイメージを抱いてしまうため、今回は軽視しようと思う。ちゃんとした予想は明後日の日記にでも軽く書くつもりだけれど、なんだか非常に少ない点数に収まりそうなので、久しぶりに馬券の購入を検討してもいいかもしれない。有馬記念を買わないで、何が競馬ファンだという話もある。とにかく楽しみだ。

生存記録(20241218)

体力の少なさゆえに、デフォルトの調子が一般人の言うところの「不調」あるいは「絶不調」だと思っている私なので、ちょっと寝起きに具合が悪いくらいは当たり前のことであり、布団から出て起き上がるために相当なエネルギーを必要とすることは日常的と言っていい。ただ、そんな虚弱体質に慣れきった私でも、ひときわ異常を感じる日が年に数回はある。
異常すなわちイレギュラーということで、これは良い意味にも悪い意味にも捉えられるけれど、今日の場合は残念ながら後者だった。いつもように気怠くも目を覚まして一日のスタートを迎えたところ、明らかに身体が重いのだ。目を開けて意識を保っているのが大変で、既にたっぷりと睡眠は取ったはずなのに、寝ようと思えば何時間でも寝ていられそうな感覚があった。それだけなら適当に昼寝を追加すればいいのだが、どうにも頭痛が鬱陶しい。頭が割れるほどの致命的な痛みではないものの、じわじわ体力を削ってくるような地味な痛みが不断に発生していて、とても元気に過ごせる状態ではない。
特殊な生活をしているとはいえ、それなりに日々こなすべき作業は存在しているから、一日ずっと眠り続けているわけにもいかない。生活リズムを大きく狂わせたくないという気持ちもある。そんなわけで一応、頑張れないかと普段通りの流れで食事を摂り、日課に向き合ってみたものの……やはりダメなものはダメだった。別に風邪を引いているという感じではないのだけれど、この具合悪い感覚はまさに発熱している時のそれに近い。わざわざ測りはしなかったが、体温が上がっているわけではないだろう。実際に熱が出ていたら、動くことすらままならないレベルで、もっと重症に苦しむに違いないのだから。
原因を考えても仕方ないところがある。こういうのは調子の波の一環に過ぎず、明確に何が悪いなどと断定できる話ではない。強いて挙げるとすれば、体質の弱さに起因する調子の下振れの範囲が広いということだろう。つまり、今日は運が悪かったのだ。こういう時は下手に無理をせず、次の日には元気を取り戻すことを期待して、大人しく横になるべきなのかもしれない。もともと、寝ようと思えばいくらでも眠ることが許されるのが私の生活スタイルの最大のメリットなのだから、不調のまま無為に過ごすよりは、思いきって全快を目指すべきだろう。久しぶりに惰眠を貪るのも悪くない。

生存記録(20241217)

今後の予定について特に決めていなかったのだけれど、気づけば年末が近いということで、来週から再来週にかけての流れを大まかに確定させることにした。まあ用事が詰まっているわけではないから、いつも通りの帰省と、それに合わせた諸々の調整をするだけの話なのだが……普通の人なら忙しくしているであろう時期に暇を持て余すという贅沢な生活に、すっかり慣れきってしまっているから、いざスケジュールが埋まりまくった時に対応できるのかという心配がある。今後の人生において、この課題は抱え続けることになるだろう。
まず来週は、年末の帰省とは別件で、クリスマスの特別な食事という形で実家に招かれた。世間では重要な意味を持つであろう記念日に対して、基本的に私は特別視することがほとんどない。さらに、まったく人付き合いがない人生を送っているから、何も話がなければ平時と変わらない一日として過ごすに違いないクリスマスではあるのだが……せっかくのお誘いとあらば無視するわけにもいかないだろう。簡単には言ってしまえば、家族で集まってチキンを食べようというだけの話ではある。
今週末も来週末も土日は自宅でやりたい作業があるため、そのまま年末まで連泊するということはなく、いったん戻ってくることになる。そしておそらく、大晦日の午後にあらためて帰省するといういつもの流れだ。ただ、別に新年を迎えるからといって用事が生まれるわけではない。幼少期には親の実家に連れていかれることも多く、親族と顔を合わせる数少ない機会であった正月だが、近年ではそれぞれの事情もあり、集まりが悪くなっている。もともと祖父母や従兄弟などとの関係性が深くないということもあり、わざわざ時間とエネルギーを割いて会いにいくというモチベーションは湧かなくなっているのだ。年始の挨拶くらいは当然、と人によっては思うかもしれないが、この手の感覚は親族との距離感に大きく依存する。つまり、私の場合は重要ではないという話に過ぎない。
そして長々と実家に居座ったところで特にやることはなく、暇潰しをするにしても自前のPCがないというハンデを負う羽目になるため、次の土日まで待たずに、さっさと戻ってきてしまおうかと考えている。過去には年明けから一週間ほど実家に滞在したこともあったけれど、上にも書いたように今の私には「正月だから」という特別な意識がないために、できれば短く済ませたいという気持ちがあるのだ。
最近は家族との時間を大事にしようと考えることも増えてきたが、それはそれ、これはこれ、ということで実家の温もりに溺れすぎないよう努めていきたい。

生存記録(20241216)

ドカ食い気絶部、なんていう言葉がインターネットには存在しているが、意図せずそういう状態になってしまった。ここ数日の生活リズムが微妙に狂っていることもあり、夜の決まった時間に布団に入って就寝という、一般的な流れで睡眠を取ることができていない。やや眠くなったタイミングに数時間の仮眠を取る、という不規則な休息で体力を保たせているから、ちょっと油断すると気絶しかねないリスクを抱えている。そんな状態の肉体にとって、適度に上昇する血糖値はうってつけの睡眠導入剤となる。
食事間隔的には、そろそろ食べなければならない。そんな時に限って中途半端な眠気も出てくるものだから、判断に困るところではあるのだ。食べずに寝てしまったほうが普通なら健康的なのだろうが、そもそも痩せすぎている私にとっては一度でも食事を抜くことのほうが不健康なのではないかとも思う。まあ以前なら食後すぐに横になると胃痛に悩まされて睡眠どころではなかったというのに、今では不思議と平気になっているのだから困った話だ。あるいは横にならずとも、椅子の上で気を失う羽目になるのだから、強烈な眠気の制御ほど難しいものはない。
それにしても、食事によって起きていることが困難になるだなんて、過去にあまり経験のない事態なので多少の困惑がある。私の自律神経も、いよいよ老化の一途を辿るということなのだろうか。いくら太りたいとは言っても、内臓脂肪ばかりの不健康な増量は望むところではない。
半日以上もまともに意識を維持できない体力のほうに問題があるのは明らかだけれど、やはり冬という環境がそうしている側面も無視できないだろう。もはや節電よりも自身のコンディションを優先しているため、もう何日もエアコンを稼働させ続けているのだが、それでも冷えた空気には抗えない。身体の芯までは届かなくとも、手足の末端は確実に熱を奪われ、徐々に体力も削られていく。普通にしていたら何も疲れることのない春や秋とは雲泥の差だし、多少は消耗する夏と比べても大きな差があると思う。
このままでは、いずれ負担のかかった胃腸に問題が発生してしまうだろうから、まずは食後の数時間を平然と起きていられるように調整する工夫が求められる。理想的なのは起床後に食べて、消化が終わった頃に数時間の睡眠を取り……ここまでで半日という計算なら、一日に二度これを繰り返せばいい。健康な人間が当たり前のようにこなしている16時間連続稼働などは、今の私には実現し得ない過酷な仕打ちとしか言いようがなく、だからこそ、その時々の体質に合わせた生活習慣のアップデートが求められるということなのかもしれない。寝る時間や起きる時間、食事の時間はこうでなければならない、なんていう頑固な考え方は、もはや私の肉体には適用できないだろう。

生存記録(20241215)

このところ投稿動画の伸びが悪くモチベーションが落ちがちだったのだけれど、改善しようにも、ただYouTubeの気まぐれで表示されにくくなっているのか、それとも単純に動画の内容が悪いのか、どうにも判断がつかなかった。そもそも見てもらえないのだから内容以前の問題のように思うし、再生回数あたりの高評価率は特に大きく変わっている様子がない。つまり、問題があるとすれば動画を再生するまでの導線なのではないか……と仮説が立てられる。
タイトルやサムネイル、要するに動画本編ではなく大雑把な内容の方向性が、多くの視聴者が求めるものから外れている可能性がある。興味を引くことができなければ、あまり価値のない動画としてYouTubeに判定を下されて、おすすめ表示の候補にも上がらなくなることだろう。中身に凝るのは結構だが、まずは勝負の土俵に上がることを優先して考えたほうがいいのかもしれない。
そんなわけで、久々に若干の工夫を加えて新たに動画を投稿した。直近の何本かは手癖というか、ただの作業みたいな形で出してしまったので仕方ないと納得できるけれど、今回は意図的に視聴者の獲得を狙ったので、ある意味で今後の命運を左右する動画と言える。これでダメなら、正直なところ希望が見えないからだ。
動画というのは理論上、投稿後は永遠に再生数が伸び続けるわけだから、終わりも結果もない。現在進行系で数字が増えている対象をどこで区切るべきか悩むところだが、ひとまず投稿後24時間の動きだけで評価することにしよう。現状、新たな試みを加えた今回の動画は……無事に自身が納得できる水準で再生回数が推移している。爆発的に期待以上の視聴者獲得に至ったわけではなく、過去にも見たことのあるペースではあるのだけれど、それでも先月や先々月の不出来な動画よりは随分と勢いがあって気分が良い。
何度も制作した動画を見直した甲斐あって、おそらく編集ミスはゼロ。一部の表現にエネルギーを割いたこともあり、過去イチと言っていいほど見やすい内容に仕上がったという自負がある。おかげで普段よりも高評価率が高く、コメントを残してくれる人も多い。なんとなくではあるが、視聴者に動画ページを開いてもらえるような傾向は掴めた気がする。もっとも、毎度このような題材が転がっているわけではなく、ピンポイントで需要に応えられるような動画を制作するのは簡単な話ではない。きっと伸びないであろうとわかっている動画でも、投稿ペースを落とさないという目的で表に出すべきなのかどうか、きっと正解のない選択だ。
今回は運にも恵まれて狙いが功を奏したものの、継続して同じくらいの成果を上げていくのは、やはり弱小投稿者のままでは厳しく思える。内容を問わず、一定のチャンネル登録者数を誇る投稿者というのは、それだけで圧倒的に有利なのだ。私も地道に増えてはいる。ただ、増加ペースは明らかに落ちており、あまりにも道のりが果てしない。ひとまず来年の目標が一つは決まったということで、今後も趣味としてマイペースに続けていきたい。

生存記録(20241214)

隣の中国人の動向について、数日前は楽観的な考え方をしていたけれど、ひょっとしたら想定しうる最悪のパターンかもしれない。引っ越し準備のための来訪者および騒音かと思っていたのだが、どうにも普通に生活を続けているのだ。やってきた女性も当たり前のように住み続けていて、私が「ありえない」と断じた同棲がスタートしてしまった可能性が高い。これの何が悪いかというと、単純に生活音が倍増する。会話が響いてくるのはもちろん、足音、物音、その他にも様々の細かい音源の増加だ。単身用に設計されている住宅環境である以上、二人の人間が生活する際に発声する音というのは、おそらく一般的に問題ないとされる基準を超過する。とりわけ神経質な私が、これを許容できるはずもない。
さらに不思議なのは、しきりに家具を動かす振動音や、キッチンにおける盛大な作業音が数時間にわたって発生している点だ。音の質から判断するのは難しく、隣の部屋で何が起きているのかまったくわからない。その不気味さも相まって、もはやストレスを感じない時間のほうが少ないくらいになってしまった。
しかし、さすがに尋常ならざる音が続いていると、それが他人に不快感を与えているという厳然たる事実を、当人に自覚させたくなるというもの。いわゆる、堪忍袋の緒が切れたといった一種の衝動に身を任せた部分もあるわけだが、とうとう本格的に壁を叩いて行為を停止させなければならないと感じた。それ自体、好ましい行いではないことは理解している。ただ、そうでもしなければ私の精神が壊れてしまう。危機に対する正当な防衛反応である、ということで自身の中では反撃行為に限定的な許可が出たと言うべきだろう。
一度や二度では相手も無反応だったが、大きな音が発生するたびにこちらからも衝撃を伝えてやると、ぱたりと手が止まる気配があった。はたして実際のところ、何をしていたらあの異様な物音が立つのか想像が難しいのだけれど、たとえば普通に食事の用意をする、調理をしている程度の優しい音には思えなかったのだ。私だって毎日のように台所作業はするけれど、意図的に音を出せと言われたとしても、あんなレベルの騒音には至らない。こんな家で同棲とかいう頭のおかしい判断も含めて、理解の及ばぬ低俗な存在であることは疑いようがなくなった。
だいたい、カップルなのか親子なのかは知らないが、平日もほとんど一日中ずっと在宅なのだ。それで在宅ワークをしている気配もないし、先日までの一人暮らしであった時も、半日以上の通話が常だった。普通に考えれば、常識外れの生活をしているとしか思えない。もっとも、極めて出不精である私が他人にとやかく言える立場ではないかもしれないが。
今後も継続して許容値を超える物音が発生するようなら、管理会社に現状の相談をしなければならない。それはそれで面倒というか、これまでの管理会社の怠慢具合を考えると期待できない部分があるため、あまり気の進まない話ではあるのだが。
さて、話は変わるが明日は朝日杯なので、最後に注目馬を書いて終わりたい。いくつかのデータから、個人的に買いたいと思ったのはアルテヴェローチェと、トータルクラリティ、パンジャタワーだ。馬券は買わないが、もし買うなら3頭のワイドか馬連、くらいの気持ちでレースを楽しみたい。

生存記録(20241213)

早朝に起きて洗濯からの買い出しという、ごく一般的な家事の計画を立てていたのだけれど、起床に失敗して全部が狂ってしまった。まず問題なのは、日常的に洗濯作業を怠りすぎているせいで、外に着ていく服がほとんど残っていないという点だ。一応、あと一日分は備えがあるものの……いやはや潔癖の方々からしたら信じられないズボラと言えるかもしれない。使った服をそのまま長く放置していたら雑菌が繁殖して厄介なことになる、というのは一理ある話だけれど、冬場なのでセーフという見方もある。いくら私といえども、さすがに夏場はこれだけ放っておくことはない。基本的な行動指針は経験則に基づくものであるから、一見すると怠け者のように思えて実は本人にとっては合理的である、なんて珍しいことではない。他人からは散らかっているように見える部屋も、使っている人間にとっては最適化された状態なのだ。
しかし、それにしたって限度はある。やや非常識に近い感性を持ちながらも、世間一般の常識というものは弁えているつもりなので、現状が決して肯定されるべきでないことは自覚している。ただ、長年そういう風に生きてきてしまったせいで、いざ改善しようというのも難しい。他の誰かに迷惑をかけるわけでもなく、怠けすぎた先にあるのは自身が被る不幸だけなのだから。
話を戻すと、今日の問題点は溜まりまくった洗濯物と、空っぽの冷蔵庫、ということになる。前者は一度に洗えるから、やる気さえあれば解決する。後者は、食料については他にも備蓄があるため生存の危機にあるわけではないが、飲み物が切れそうなのだ。まあこれも冬だから多少は平気というか、不健康なのは知りつつも普通に過ごしていると明らかにお茶の消費量が減るから、かろうじて致命的な状態には至っていない。そもそも日本で暮らしている限り、いつでも水道水という最終手段が用意されている。
そんな言い訳を次から次へと考えていくうちに、外出が好きではない私はすっかり身支度をするモチベーションを失ってしまうのだった。布団から出ることすら億劫で、予定よりも数時間遅れになる事件が日常的に発生しているため、別に異常事態でもなんでもない。
ただ、本当なら昨日にでも済ませる用事であったのは確かなので、明日こそは気力を振り絞らなければならないと心に誓うことにする。寝てしまうと自身の気分にどんな変化が起きるか予測が難しくなるため、確実に遂行するためには、久々に徹夜からの朝活という形に持っていったほうがいいかもしれない。