K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

服と洗濯

外出機会が極端に少ない私は、洗い物も少ない。特に冬場は、洗濯しなければならない状況になることが非常に珍しく、以前に買った大容量の洗剤が一向に減らなくて困っているくらいだ。
そういうわけで、実は今年に入ってからまだ洗濯機を回していない。
流石にそろそろ洗濯物が溜まってきたので頃合いだとは思っているが、極論を言えば、着る服がなくなる限界まで動きたくないというのが本音だ。

 

毎日、欠かさず風呂に入るという人には理解できないかもしれないが、ずっと家にいると、なかなか身体を洗おうという気にならない。
冬場は電気代だけでなくガス代もバカにならないし、頻度を減らせるのであれば減らしたいというのが、倹約家たる私の基本的な方針となる。
そして性格は、潔癖症の対極とも言えるくらい汚れを気にしないものだから、大して汗をかくこともないこの季節は特に、一日や二日くらい着替えずとも平気なのだ。
もちろん外に出る際には事前にシャワー必須なので、汚い姿で人前に出るということはない。汚い状態を許容できるのは、他者に見られない空間に一人だけだからこそという条件が付く。ちなみにこれは、突然の訪問に対応できず、居留守を決め込む一因でもある。

さて、いよいよ明日には洗濯機の出番かもしれない。
冷蔵庫の状況的に、明後日か明々後日には買い出しに行く必要がありそうなので、確実をシャワーを浴びることになる。すなわち、新たなに着替えなければならない。
いくら汚くても平気とは言っても、シャワーを浴びて汚れを落とした直後に、脱いだ衣服を再び着用するのは抵抗感がある。しかも、その直後に外出するとなれば、なおさらだ。
ゆえに、着替えのストックを作っておかなければならない。
洗濯後は最大で一週間分……毎日、シャワーを浴びて着替え、外出するという前提で一週間は生きていける数を保有しているのだが、現在そのストックはほぼゼロに近く、洗濯ミッションを達成しなければ外出行為が解禁されない状態となっている。
「ほぼ」というのは、あまり使う気の起きない二軍に該当する衣類が存在しているためで、それらは本当に着るものがなくなった時の最終手段だから計算に入れるつもりがないのだ。
現実的にはストックが失われて崖っぷちというわけなので、いよいよ重い腰を上げる時が来た、という感じになっている。

 

毎度、ある程度の量をまとめて洗濯しているから効率的ではあるのだが、洗濯後に洗濯機から取り出して「あるべき形」に持っていくまでの手間は、私に言わせると莫大なMPを消費する行為に他ならない。
これは物件の問題でもあるのだが、ベランダという空間がないせいで洗濯物を干す場所が限られていて、専用のアイテムなどを使って工夫するか、そもそも干す必要のない状態にしなければならない。
Tシャツ以上の大きさであれば、適当にスペースを見つけてハンガーを引っかけるとか、そのまま垂らして乾かすとか、前者の方法がないわけではない。しかし、パンツや靴下といった数の多い小物は難しく、後者を選ばざるを得ないのだ。

一応ドラム式なので、乾燥機能が実用的なレベルで使える。だから、手を動かして干すのが面倒な洗濯物は、洗濯機の乾燥機能に頼っている。
ただし、材質によっては熱の影響で繊維が伸びたり崩壊してしまったりするため、干すものと乾燥させるものを分けなければならない。この作業の負荷が個人的に物凄く大きくて感じられて、気軽に洗濯することを阻んでいると言ってもいいかもしれない。
洗濯が終わってから、部屋干しする衣類だけを取り出して、部屋の空きスペースを駆使して乾かす。それ以外は、乾燥モードにして洗濯機を再び動かす。
乾燥機が止まったら、熱を帯びた衣類をドラムから取り出して畳む。干していた衣類は乾き次第、畳んで収納する。
とにかく面倒であるため後回しにしてきたわけだが、いざ避けられない事態に追い詰められてしまうと、本当に気が滅入るものだ。

最後に、もう一つだけ気が進まない理由を書いておくと、単純に電気代がかかるという点に尽きる。
洗濯だけであれば大したことはないのだが、乾燥機能を使わないというのはシチュエーション上、あまり現実的ではない。
しかしながら、完全に乾くまで乾燥モードを稼働させておくと、それだけで電力使用量は半日分以上に相当するのだ。
熱を用いて乾かすのだから当然とはいえ、これだけのコストとなると、流石に多用するわけにはいかない。
様々な要因が絡まり合った結果、洗濯頻度は月に二、三回という習慣になってしまった。

そういえば、具体的な数字を書くつもりはないけれど、もしバスタオルやシーツの洗濯頻度を尋ねられたとしたら、私の回答はとんでもないことになりそうだ。聞いたら、ほとんどの人間は仰天するに違いない。
滅多に洗わなくても平気というこの歪んだ感覚が、はたして今後の人生で矯正されることはあるのだろうか。