K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

他者に影響される環境

一人暮らしを始めて、誰とも会わず誰とも会話しない生活を続けてきて思ったのは、私は孤独がまったく苦ではない人間だということだ。
平均的な人間というものはわからないけれど、おそらく普通の人は孤独でいる時間が長くなるにつれ、他者との関わりが恋しくなるものなのだろう。人間が本質的に社会的動物である以上、その性質に疑問はない。

 

すると、私は人間が根本的に備えているはずの感覚のいくつかを、これまでの人生で欠落させてしまったということになる。
他者と交流のない生活で考えることは、まさに自分自身についてだけだ。己に対する理解や感情の深度は究極的な度合いで進行するし、自分以外の存在を想定する必要がなくなるからストレスは皆無に近く、非常に楽な気持ちで毎日を生きることができる。
そのサイクルがすっかりハマってしまっているから、他者とのコミュニケーションを欲することはない。真似をしろと言って実践できる人間は、おそらく少ないだろうが。

そんな日々の中で、唯一と言っていい他者の介入要素は……隣人が発する物音だ。
過去に飽きるくらい書いてきた、隣人から受けている騒音の問題やストレスについて、この住居から出ていかない限りは避けられないものだと半ば諦めの心境に入っているけれど、それでも日によって差があるものだから、ひどい場合には我慢できなくなることがある。
先月末に久々の訴えを管理会社へ送ったところ、やや改善傾向が見られた気がした。今月の上旬に私は一週間以上、家を留守にしていたから、実際にわかりやすく変化があったかどうか観察できていない部分が多いのだが、少なくとも文句を付けた事象に関してはマシになったような……そんな風に考えていた。
そもそも、私が帰宅してから中旬頃までは人の気配すら感じられなかったのだ。私の生活リズムが壊れているから、たまたま深い睡眠に入っているタイミングで隣人が活動していたのではないかと推測したが、下旬に入ると再び思慮に欠けるような生活音が立て続けに響いてくるようになった。夏休みで実家に帰省していたか、あるいは友人らと旅行にでも出ていた可能性が高まった。

常識的とは思わないけれど、完全に非常識だと断ずるには弱い……神経質でない人なら大して気にしないであろうストレスレベルだからこそ、大変に厄介なのだ。
日中は許す。私は時間帯に関係なく、隣人に生活音が聞こえそうな動きはしないように意識しているのだけれど、普通の鈍感な連中にそんな意識を求めるのは無理なのだろう。部屋の中を移動する足音や、玄関を出入りする際の振動は、明るいうちなら頑張って無視できるように努めている。
ただ、夜の時間帯にも同様の音を立てられると、その限りではない。私は昼間に寝ていることが少なくないとはいえ、体内時計のズレや買い出しの予定などの諸要素が重なることで、現状では一週間のうち半分に満たないくらいの日数は、夜に眠るパターンになっている。そして運悪く、その日に隣人が友人を招き、夜通し会話が止まらないなんてことになると……もう眠ることはできないのだ。

 

最終兵器として、耳栓というものがある。
どうしても我慢ならない時には、耳に嵌めて安眠を試みる。
もちろん、耳栓だって完璧な遮音性能を持っているわけではない。隙間はないはずなのに、環境音は僅かに鼓膜へと届いてしまう。隣人が声を発すれば、その音は空間を伝わって私の神経を逆撫でる。ありえないほど神経質なのだ。耳栓をしていても、刹那に捉えた他者の声というものは、私の眠りを妨げるのに十分な働きをする。

困った点は、もう一つある。
私は耳の穴が小さいのだ。長時間にわたって耳栓を嵌めていると、痛みが出てきて睡眠どころではなくなってしまう。
これまでも、どうにか眠りに入ることができたのに耳の痛みで現実に引き戻されたことが何度もあった。微睡みの中で耳栓を外してしまい、まだ隣人が落ち着いていなかった場合には、解放された耳管が邪悪な音を呼び込んでしまう。せっかく眠れそうだったのに、あと少しのところで不愉快な覚醒を強いられる。

長時間の活動の末に、もう意識を保つのが限界というくらいに強烈な睡魔に襲われている時は、その限りではない。むしろ、そうした眠るしかない条件を意図的に作り出すことでしか、ストレスの少ない入眠環境を実現させることはできないのかもしれない。
数日前の深夜、翌日のことを考えたら眠っておいたほうがいい、くらいの感覚で布団に入ったら、ひどく後悔する羽目になった。起きていようと思えば、ちゃんと起きていられる。隣の部屋からは延々と会話する声が響いてくる。耳栓に頼ることでしか眠りに入れる状態にはなれないと判断して、耳に異物を挿入した。数週間ぶりのことだった。耳栓をしていても聞こえる隣人の声と、耳の穴が圧迫される痛み、そして消えることのない耳鳴り……それらが複合的に私の交感神経を刺激して、とうとう眠ろうとする前よりも興奮状態に陥ってしまったらしかった。
もう無理なのだ。私が安眠できるかどうかは、すべて隣人の行動に委ねられている。顔も知らない、常識も教養もなさそうなバカどもに。