K's Graffiti

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天皇賞(秋)2023回顧

競馬はタイムトライアルではない、という話は大前提として存在していると思っているが、他馬に関係なく最も効率よく走ることができるなら、必然的に理論値に近い時計を出すことができる……というのもまた、納得できる事実ではある。
現実的には他の馬との競走を余儀なくされるため、本当の意味でのマイペースを実現することなんて強力な逃げ馬くらいにしか不可能ではあるのだけれど、もし普通に競馬をしながら机上論を実現することができるのであれば、それはもう最強という言葉以外に表現する方法がない。
そんな、ありえない事象を目にすることになるとは、レース前には想像もしていなかった。

 

1着のイクイノックスは、もちろん当然の◎評価だった。
この馬は、なんだ。そもそも馬なのだろうか。サラブレッドの枠組みを超えた、さらに進化した新生物である可能性がある。
予想の記事で私は、イクイノックスに対して抱えている不安要素を少しだけ書いたわけだが、今日に限って言えば杞憂でしかなかった。
これまでのレースにおいては、イクイノックス自身は1000m通過が61秒前後の一定ペースで走っていたため、よく言われる脚質自在というのは実際のところ、単純に脚質61秒なのではないかと思っていた。まさか57.7秒のいわゆる「ハイペース」を、それほど離れていない3番手で楽に追走できるなんて聞いていない。それでいて、最後の直線では上がり3位の末脚を使って早々に突き放すなんて、そんなのは知らない。ありえない。これほどの常軌を逸した走りを見せた馬は、はたして過去にいただろうか。
中間地点の通過タイムが明らかになると同時に、多くの競馬ファンは、流石に速すぎると思ったのではないだろうか。後続を大きく引き離す大逃げになっていても不思議ではない、おそらく非常に苦しいラップだろう。昨年のパンサラッサとも大差ないペースだというのに、馬群がぴったりと追走している異様な光景だ。
こうなると前にいた馬は潰れてしまうし、後方でじっと待機した馬に展開が向く。競馬の常識から考えれば、最後に伸びるわけがない。
ただ一頭、桁外れの能力を持った怪物が一緒に走っていたことが、他の出走馬にとって最大の不運だった。強すぎる。負ける姿がイメージできない。かつて往年の競馬ファンディープインパクトに対して抱いていたものと類似する感覚を、現代の我々は半ば暴力的に体験させられているのかもしれない。これをリアルタイムで観戦できる喜びを噛みしめる必要があるし、今後も競馬を楽しむにあたっては、確実な財産となることだろう。
一点だけネガティブをことを書くと、やはり激走の反動は気になる。もともと体質の強い馬ではない。楽勝に見えて、しっかり消耗するのがイクイノックスの数少ない欠点だ。次を見据えた仕上げだった、なんていう意見もあるようだけれど、あまり馬体を緩めることのできないイクイノックスにとっては、パフォーマンスのピークが今回であった可能性は否定できないだろう。仮に余裕残しであったとしても、走った後に思惑通りの上昇を見せるとは限らないし、状態が著しく悪化する恐れも十分にある。
頂上決戦の様相となっているジャパンカップは非常に楽しみではあるけれど、まずはアクシデントなく事が進んでほしいし、予想する側としては「最強」という強烈なイメージに縛られることなく、冷静に判断していきたいところだ。

2着のジャスティンパレスは無印、3着のプログノーシスは▲評価だった。
どちらも後方からの直線勝負を選択した馬で、ペースを考慮すると多分に展開の恩恵を受けたと言えるだろう。ちゃんと強さは見せているし、年が違えば両者とも秋の盾を獲得できるだけのポテンシャルはあったように思う。
ジャスティンパレスは出遅れたことによる幸運、プログノーシスは概ね作戦通りだったように見えるが、最後の着差は勝ちにいく選択をしたかどうかだろう。プログノーシスのほうが若干、動くのが早かった分だけ先に脚が上がった。ジャスティンパレスは末脚を爆発させて、予想外にも上がり最速を記録したが届かず……このレースはディープ産駒が勝ちきれないものの、強い馬の馬券内率は悪くないというデータ通りの内容だった。
それにしても、レース内容が違うから単純に比較はできないとはいえ、結果だけ見るとジャスティンパレスはつくづくフィエールマンに似ている。スタミナは申し分ないし、来年の春天も筆頭候補だろう。

7着に敗れたドウデュースは◯評価だった。
この馬が弱いはずはなく、今日の秋天でも後方に控えていれば2着争いできる能力は持っていたと思う。ただ、ハイペース耐性という意味では常識的な範囲の馬だったということだろう。ずっと力んでいたし、ポジションが無理だった。
もともと、叩き良化型で休み明けは本命視できないと考えていたから、負けたこと自体は大した問題ではない。着順が悪いのは先行するイクイノックスをマークした分だし、勝つための競馬をした結果なので仕方ない。
ただ、騎手の乗り替わりは心から残念に思う。武豊の乗るドウデュースが見たい、という人がたくさんいただろうし、騎手変更でこの結果では消化不良でしかない。戸崎騎手も難しい役割を急に押し付けられた形になって、大変だったに違いない。誰も悪くないからこそ、この気持ちを何にぶつければいいのかわからず困ってしまう。
武騎手の怪我が治って人馬とも万全の状態でジャパンカップへの出走が叶えば、イクイノックスの状態次第ではまだ逆転のチャンスがあるのではないかと私は見ている。ジャパンカップは、おそらく今回のようなスタミナ勝負にはならないだろうから。

 

道中のラップは違えど、速い流れを先行して直線では突き抜け歴史的なレコードを叩き出すというレースっぷりは、アーモンドアイを彷彿とさせるものがあった。鞍上ルメールにシルクの勝負服も一致していて面白い。

レコードに関しては、冒頭にも書いたように競馬は時計比べを目的とする競技ではないから、あくまで今日の秋天の条件における限定的なデータに過ぎないと私は思っている。数字自体は素晴らしいものではあるが、たとえば2勝クラスの2400mで、勝ち馬が強かったとはいえ2分22秒台という異様な時計が出ていて、本番の秋天は既存のトーセンジョーダンを上回る馬が4頭も出現した高速馬場だ。
まぁ何度見てもイクイノックスがおかしなことをやっている、以外の感想はなかなか出てこないわけだが。

あらためて、強い馬の強い走りが見られる喜びを噛み締めたいと思う。
おそらく年内で引退するのだろうから、見られる機会は残り少ない。最後まで、名レース誕生の瞬間を目の当たりにできるよう祈っている。
それにしても、これほど規格外の馬はもう当分は出てこないのではないかという感覚が強い。だいたい、10年から15年周期くらいだろうか。競馬を始めて数年のうちに、歴代最強クラスの馬を目撃できている幸運に感謝しなければならない。