K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

脚本の重要性

数年ぶりにハズレの映画を引いた。
鑑賞中に心の中で無数にツッコミを行い、途中からは飽きて苦痛を覚えるくらいの作品は非常に稀なので、これはむしろ貴重な体験とも言えるのだが、正直なところ時間の無駄だった感は否めない。
わりと感性の近い信用できるオタクがボロクソに叩いていたのを聞いていたから、事前のハードルを相当に下げて臨んだのだけれど、それでも駄目だった。
批評というよりはただの感想のつもりだが、どこが良くてどこが悪かったのか、個人的に整理するためにも軽くネタバレありで書いていきたい。

 

『竜とそばかすの姫』は公開前の予告編を何度か目にしていて、歌と映像が魅力的な印象だった。
そこそこ興味を抱いていたし、細田監督の映画はいつも微妙だなぁと思いながらも、毎回なんだかんだ友人と一緒に観にいくイベントが発生していたので、今回も都合が合えば……と思っていたのだが、こういうご時世だからそれは叶わず、つい先日まですっかり忘れたままになっていた。

映画を観る前にはあまり評判を気にしない私だが、今作に関しては駄作という感想を聞いてしまったがゆえに、逆にどんなものかと気になったのが数日前のこと。
先にざっくりとした評価だけ置いておくと、以下のようになる。

映像:A
音楽:A+
演技:C
脚本:D-
総評:C+

非常にわかりやすく言えば、見栄えだけの作品だった。
良かった点から書いていくと、映像美と歌に関してはハチャメチャに素晴らしくて、スクリーンに引き込まれる魅力に溢れていたように思う。これは広告の素材としては抜群の相性であり、とりあえず観てみようと思わせるズルさがあった。
また、ストーリーをそれほど重視しない、薄っぺらくても「なんか良いものを観た」気になりたいだけの人間には刺さりやすいのではないだろうか。

一方で、見栄えよりも本質的な部分、ストーリーの緻密さなどに焦点を当てて満足感を得たい私みたいな古のオタクにとっては、どうしようもないくらいに手持ち無沙汰だった。
まず言いたいのは、まともに演技をできる人間をキャスティングしてほしいということだ。主役の人は歌が本体みたいなところがあるからいいとしても、それ以外のメインキャストの演技が気になって仕方なかった。名前のない脇役にはちゃんとした声優が使われていたから、メインが素人なのは意図的なものなのだろうけれど、流石に言葉を発する度に声が浮いてしまうのは勘弁願いたい。
芸能人でも違和感のない演技ができる人なら構わないのだが、まぁ滅多にいないよねという話で。

それでも演技に関しては珍しい不満でもないから百万歩譲って我慢できるとして、最大の問題は脚本にある。
途轍もなく質が低かった。これは前作『未来のミライ』でも感じたことなのだが、この監督は自身のやりたいことを物語として上手くまとめられる人間を他に起用したほうがいいと思うのだ。
失礼かもしれないが、脚本家としての能力は本当に低いと言わざるを得ない。

少し具体的に挙げると、まずほとんどすべての台詞がわざとらしいという欠点がある。せっかく豊かな映像表現と演出が可能な環境であるのに、ことごとくキャラクターに言わせようとする。何か表現したい目標があったとして、各キャラクターはそこに至るための駒にしかなっていないのだ。
下手くそな演技と相まって、この不自然な台詞の連続は著しく観客の没入感を損なうだろうし、キャラクターが脚本の奴隷になっていて十分に魅力が引き出されていないから感情移入しづらい。とにかく画面から伝わってくるのは強烈な違和感と、気味悪さと、「これがやりたいんだ」という監督の無駄に熱い想いだけ。いったい、これのどこが面白いというのだろうか。

物語が雑に進んでいく中、監督の「やりたいこと」が次々と投入される。映像的には見どころなのかもしれないけれど、大半が中途半端に投げつけられるだけで、話の大筋とは何も関係ないものだから、観ている側は混乱する。
一見すると近年のインターネット上の要素や社会問題について精力的に取り上げているように思えて、しかしそれを説得力のある形で表現するための構成が出来ていないので、ストーリーという観点では全体として非常に浅い印象しか残らないのが本作だった。
とにかく苦痛であった中盤を越えた先にあったのは、感動というよりはギャグかと疑いたくなるような終盤だった。
子供を虐待する親の描写があるのだけれど、それがいわゆる共感性羞恥のような感覚を喚起する威力の高い場面で、私は鳥肌が止まらなかった。発狂しそうになった。すぐにでも目と耳を塞ぎたくなって、どう反応していいかわからなくなり、最後にはマスクの内側で乾いた笑みを浮かべるしかなくなってしまったのだ。まったく、恐ろしい話だ。

後半には、歌と映像の集大成のようなシーンがしばらく続く。それ自体は悪くなかったし、もう最初から台詞なんてゼロにして、「売り」である部分だけずっと流してくれたらまだ救われたのに……とさえ感じた。
ただ、結果的には致命的な欠点を、表層的な魅力で誤魔化しているに過ぎなかったのだ。そんな空虚なものに、私は価値を見出すことができそうもない。

 

単純に退屈でつまらない作品は世の中にいくらでもあるだろうし、駄作を駄作と言って切り捨てることは簡単かもしれない。
けれど、この作品はそんな温い後味では終わらせてくれないような気がするのだ。

あれを観てしまったばかりに、身体が上質な作品を欲している。
早く素晴らしい映画を観て、この燻ぶった感性を浄化しなければならない。映画館でなくてもいい。PrimeVideoには最高の作品たちが大量に揃っているのだから。
私はきっと近いうちに、他の映画を鑑賞することになるだろう。