K's Graffiti

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『僕愛』『君愛』感想

一週間ほど前、気になっている映画として日記で取り上げた二作品を、同じスクリーンの同じ席に座って連続で鑑賞してきた。
観る順番によって、それぞれの作品から受け取る印象や、観終えた後の余韻の形に至るまで大きく変わるということで話題になっていて、単体としても楽しめるけれど二作品を合わせることで真に完成するという、個人的には初めて経験するギミックだった。

 

以前の日記においては、ネタバレを視界に入れないよう最小限の情報収集に留めて、両作品の方向性や好ましい順番の考察などをしてみたのだが……内容については置いておくとして、順番は予定していた通りの形で物語世界に入ることができた。
もちろん、正解はない。どちらから観ても最終的に知る物語の全容は変わらず、どこかが欠けるわけではないのだから、自分の頭の中で前後を入れ替えて完璧に再構成できるという器用な人なら、順番を気にする必要なんてないだろう。
ただ、一般的に言えば直前に観た映画のシーンはヒントとなって不足箇所を補完してくるし、何も知らない状態で考えながら新鮮な映像を観ることができるのは先に選んだほうに限られる。
予想していた通り、両作品が相互に伏線を回収しているところがあるため、最初に観た映画は不完全燃焼気味に感じてしまったし、後から観た映画は情報の不足が起こらないため終盤での感動レベルがひときわ高まった。

世の理として時間の流れというものが存在している以上は、残念ながら同時に二作品を楽しむことはできない。どちらか先後を選び、自分が作品から受け取る情報の流れを片方に限定する必要があるのだ。
そういう意味では、比較的まとまりよくポジティブな余韻を体感することができるのは、私が実施した『君愛』からの『僕愛』という流れだったのではないかと思った。
Twitterで軽く検索してみるとわかることだが、順番に関係なく一定の評価は得ている作品だ。没入感さえ確保できれば、最後のシーンで心は動かされる人は多いだろうし、きっと後に観た作品をより強く評価することになるのだと思う。
それから、ヒロインへの見方……というか、視聴者としての好感度とでも言えばいいだろうか、両作品間における最大の差異が、ヒロインに対する感じ方のような気がした。
こればかりは、いくらネタバレされようが関係ない、観た人にしかわからない特別な感情の起伏が引き出されるのだ。

なるべく具体的な言及は避けて、構造的な部分について書いていくと、映画のストーリーとしてオーソドックスな展開が楽しめるのは『僕愛』だったように思う。
細々とした謎は孕んでいるものの、もし片方しか観ることができないのだとしたら、『僕愛』のほうが満足度は高くなるだろう。
しかし、残念ながら終盤のシーンが描き出す破壊力は半減してしまっている。『君愛』の要素を欠いてしまっては、どうしても感動が軽くなる。これはもう作品の構成上、仕方ないことだ。
逆に『君愛』だけを観た場合に想像できるのは、まず中途半端であるという感想と、想像で補わなければならない箇所の多さに頭を悩ませる未来だろう。
終わり方の切なさは多くの人が感想で言及しているところだが、これも『僕愛』を前提としていなければ魅力が落ちてしまうように感じられた。
本当に、切ないのだ。私は後から観た『僕愛』を経て、情報を付け足しながら『君愛』を回顧できるから多少は余韻の強度を思い描くことができるけれど、そうでなければ「ヒロインがかわいかった」という印象しか残らない可能性は否定できない。

上手い例えだとは思わないけれど、部分的に類似点のある名作で表現するなら、『僕愛』がシュタインズゲート世界線、『君愛』がシュタインズゲート・ゼロなどの理想に届かなかった、あるいは理想を目指す過程の世界線といった感じかもしれない。
まぁ総じて、個別に物語の大枠を抽象化するなら、『僕愛』は無難な良作であり、『君愛』は複雑で感情の整理が難しくピンパーの評価を受けやすい、という感じになるだろう。
ふと思ったのだが、実は楽しみを最大化するには、先後は問わず三度目を観ることなのかもしれない。
私の場合は『君愛』からだったので、さらに今から『君愛』を観るというパターンだ。
まぁそこまでする作品かというと諸説あるし、そろそろ公開の規模が縮小しているようなので、実現可能性は低いだろう。

正直に言うと、ネガティブな意味で気になる点は少なからずあった。粗が目立つというか、キャラクターが脚本都合で動いていると感じたり、演技やテンポに若干の違和感を覚えたり……私がアニメ慣れしているオタクだからこそ、行間を考察しながら鑑賞するスタイルがギリギリでハマった感じはあるけれど、深く考えず手放しに楽しめるかというと、そうではないのかもしれない。
最近の新海作品ではなく、一昔前の新海作品に近いような……二作品で一作品という形式的な試みは面白いだけに、あと一歩の足りなさを歯痒く思う。

そういえば、アニメーションの制作会社が異なるのは事前に調べた情報から知っていたが、実は一本まるまる同じ会社の絵柄ではなく、中終盤にかけては場面に合わせて切り換えられていたところがあり、これは良かった。
観ている側としては、並行世界に移っているのだと認識しやすい上に、二社のキャラクターデザインを一度に楽しめるということでお得感があったのだ。
公式サイトを見ればわかるようにヒロインは二人いるのだが、特に『君愛』は特定のシーンにおいて絵に力が入っていて、年甲斐もなくキュンキュンしてしまうところだった。
また、片方では描写不足だったキャラクターの掘り下げが、もう片方でちゃんと行われていた点に関しては、あまり不満はなかったと言える。

 

それにしても、ここまで余韻に浸りつつ思いつくままに綴ってきたけれど、逆の順番で観た並行世界の私は、まったく異なる感想を書いている可能性があるのが面白いところだ。
『君愛』の最後には感動こそしたものの平常心でいられたが、『僕愛』のラストシーン付近では思わず涙が出そうになった。きっと、順番が逆だったとしても情緒の流れは同じ道筋を辿り、後半に偏ったことだろう。
『僕愛』は、比較的ハッピーエンドのイメージを抱いたまま帰ることができる。『君愛』は、どちらかと言うと心に深い傷を負って帰る羽目になりそうだ。
両者、好みが分かれるだろうが娯楽の質としては悪くない水準なので、もし記憶が消せるのであれば後者を経験してみたいと思った。

しばらく時間を置いてみれば、順番に縛られていない作品全体へのフラットな感想が生まれてくるだろう。
特に今後の日記で書くことはない気がするけれど、最終的に私がどちらを好きになって、どのような形で記憶に残ることになるのかは、密かな楽しみとしたい。