K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

時に現実はフィクションを凌駕する

最近はめっきりリアルタイム観戦することが少なくなった将棋だけれど、今日は午後になってから夕方にかけて、注目している一戦があった。王将戦リーグの最終戦である、羽生九段と豊島九段の対局だ。
ここまで羽生九段が5勝、豊島九段が4勝というところで、前者が勝てば全勝で王将に挑戦、後者が勝てばプレーオフ対局が後日に行われるという状況だったが、結果は羽生九段の勝利となった。

 

王将戦リーグは例年、A級順位戦よりも過酷と言われるくらいに強いメンバーが揃う傾向にあり、今年も将棋プロを代表する上位層が集うハイレベルなリーグ戦となった。
私が最も将棋にハマっていたのは2010年代前半の前半だから、好きな棋士を問われたら迷いなく羽生さんと答えることになるのだが、同じような感覚を持っている人は少なくないだろう。
今は藤井聡太という存在が絶対的なエースとして将棋界に君臨しているけれど、一昔前にその立場にいたのは羽生さんだった。
近年は勢いのある若手が次々と台頭してきているし、AIの進歩による研究速度や深度の違いから、なかなか体力と柔軟性に劣るベテランは結果を残しづらい環境になってきているようで、かつて最強であった羽生さんも苦しい成績が続く形となっていた。
そんなわけだから、応援したいとは思いつつも、王将リーグに残留できたら御の字だろう……シーズンが始まる前には、そんな消極的な見方しかできなかった。
それが、まさかの全勝による挑戦という予想を超える結果となって、将棋ファンは待ちに待った「檜舞台」での対局の実現に歓喜している。

このところは一戦、一戦を追っているわけではないため、細かい力関係などについては理解が足りていない。
ただ、少なくとも客観的な指標であるレーティングにおいては、羽生さんは上位層の中では下から数えたほうが早いくらいで、とても前向きに挑戦を期待できる立場ではなかったはずだ。いったいどんなミラクルが起こって、このような誰もが望むタイトル戦に至ることになったのだろう。
これまでも将棋界は「事実は小説より奇なり」を体現してきたけれど、ここにきて本当に凄い出来事が起こっている。来年の年明けから、大きな楽しみが増えた。

羽生さん復調の理由としては、AIが導き出す思考パターンに慣れてきたとか、身体面の問題が解消したとか、調べてみたらいくつか出てくる。
歳を重ねても研鑽を繰り返して前線で活躍するその姿には、まだまだ若い私も勇気を貰える。一見すると暗い将来にも、己の立ち回り次第ではいくらでも光明を見出すことができるかもしれない。
もちろん最初は全盛期の圧倒的な強さに惹かれて好きになったわけだけれど、ある程度の衰えを経てもなお最高峰の舞台で戦うための権利を必死に勝ち取ろうとする姿勢もまた、非常に魅力的と言えるだろう。
新しい時代の風を取り込んだ羽生さんが、どれだけ太刀打ちできるのか……まぁ現実的には一つ勝てればというところかもしれないが、どうにも期待値を度外視して奇跡的な展開を期待したくなる自分がいる。

今日の対局内容自体は豊島九段の誤算によって生まれた有利を活かした形になったわけだけれど、それだって勝ちきるにはミスなく運ぶ必要があっただろうし、決して簡単ではなかったはずだ。
そして、今年は王将戦だけでなく、棋王戦でも善戦している。先日は惜しくも負けてしまったようだけれど、まだギリギリで敗者復活のチャンスは残っているし、まだまだ十分に上位で競えるだけの地力は持っているのだということがわかるのは、ファンとして純粋に嬉しく思う。
以前のように朝から夕方まで画面に張り付いて応援というスタイルは困難になってしまったけれど、このところの羽生さんの活躍によって、離れていた将棋への関心が随分と戻ってきたという自覚がある。

 

ふと、思う。
きっと私は、将棋を見ている限りは最後まで羽生さんのファンであり続けるのだろう、と。
十年後や二十年後にどうなっているのかは想像できないけれど、羽生さんに向けるのと同じくらいの熱量を藤井五冠に費やすためには、かなり長い時間と彼自身の実績を必要とするかもしれない。

将棋だけではない。何事においても、トッププレイヤーだって歳を取れば衰えるし、いずれ引退もする。応援するファンは受け入れるしかなく、そして次に応援する相手を探すのだ。
今はまだ、私は次のステップに進めそうにない。