K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

飲酒習慣

酒は特に好きではないし、あまり強くもないので、私にとっては日常的に消費するものではない。過去に何度か書いているけれど、飲む機会と言えば誰かと会って食事をしているときに限る。
大学生の頃は、多い時で月に何度かそういう機会があったので、私の身体はアルコールに対してある程度の強さを持っていたのかもしれない。


今となっては年に数回というレベルで、今年に関しては例年に比べて飲み会もほとんどないため、久しぶりに飲むと体調への影響が著しく表れる。
今日は、おそらく今年6回目の飲酒日だった。あまり飲んだつもりはなかったのに、すぐに顔は赤くなったし動悸も激しくなり、食事が終わってから数時間が経過した現在も着実に体内で私の体力を奪っているのが実感できる。
明日はきっと、寝込んでいるに違いない。本質的にはアルコールに弱いので、酒のダメージは一晩では消え去らない。

たとえば夜の一杯が毎日の習慣という人は、ALDHをたくさん持っているのだろう。私には、そんなの苦行にしかならない。
昔やった生物の実験で、酒に強いかどうかを遺伝子的に調べたことがあった。口内から採取した細胞を遠心分離機にかけて反応を見るというもの。詳しい手順は忘れたけれど、結果は覚えている。私は「弱い」に属する反応だった。
弱いとは言っても「強くない」だけで「無理」ではないため、頻繁に飲む機会があれば身体が多少は順応する。一度に摂取できる上限は変わらないにせよ、多少の量であれば平然としていたり悪酔いしなかったり……飲酒時に身体に起こる症状が、あの頃と今とでは随分と異なるため、慣れというのはあると思っている。
誰かと一緒に酒を飲む機会なんて急激に増えることはないだろうし、もちろん一人で飲むようになることなんて十中八九ありえないので、このまま死ぬまで酒には弱いままなのだろう。
それが不都合とは思わないし、構わないのだけれど、不思議なことに自分の周りには酒に強い人間が多いので、些か引け目のようなものを感じないわけではないのだが。

人生において最も付き合いの長い中学からの友人は、酒がまったく飲めない体質なのだという。よくあるアルコールパッチテストで真っ赤になってしまうほどだから、一杯でも飲んだら命にかかわる可能性があるらしい。
これまで、その友人を交えて飲み会が行われたことが何度もあるが、すべてにおいてソフトドリンクオンリーだった。それで問題なく過ごせているのだから、個人的にはすごいことだと思っている。
私は複数人での飲み会となると、素面では冷静になりすぎてしまって一切の楽しみを感じられないという困った性格なので、そういう場では多少のアルコールが尖った精神を柔らかくしてくれる。だからと言って無駄にテンションが上がったり饒舌になったりするわけではなく、むしろ口数が減って黙りこくってしまいがちではあるのだけれど、その場の空気に対する私の内面的な感じ方としては、幾分負担が軽くなるというものだ。
その点においてのみ、私は飲酒に意義を見出だしている。

 
さて、飲みすぎたわけではないはずなのに、既に相当ぐったりした状態でどうにか書いた今日の日記だが、もしかしたら日本語がおかしかったり誤字脱字だらけだったりするかもしれない。
見直す気力はないので、もし変なところがあれば、それはそれで今日の自分ということで受け入れよう。

飲んだのはワインだった。前から思っていたことなのだけれど、同じ度数でも酒の作られ方によって身体に及ぼす影響に差があると感じている。今回はダメージが大きい。
蒸留酒はマシな部類で、ジントニックなどは比較的飲みやすく翌日にも残りにくい。一方で、ワインや果実酒はそこそこに重い。醸造酒が体質に合っていないのだろう。日本酒は最悪で、酔っていないうちから気分が悪くなるものだから、極力避けるようにしている。
酒の好みは人によって大きく変わるものだし、好きなものを飲めばいい。そういう前提はあるものの、コミュニケーションツールでもあるので、得意ではない私にとってはひたすら迷惑をかけないように意識しなければならない、ちょっと面倒な存在でもある。

もっと伸び伸びと飲める体質だったら、少しは人生の楽しみが増えたのだろうか。
酒に溺れて後悔することがない分、損をしていないという意味では悪いことではないのかもしれないけれど。