K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

睡眠症候群

寒さのせいか疲労のせいか、睡眠不足のせいか。
考えられる要因が複数あるので、きっと複合的な影響ということなのだろうと思う。
朝、予定した時間に起きられないことが増えてきた。

 

30分程度の寝坊であれば許容範囲なので問題にはしていなかったのだけれど、流石に連日、昼過ぎまで覚醒できないとなると焦りが出てくる。早く生活習慣を正さなければ、と。
午前中の活動がすべて睡眠に充てられてしまうことで、その分の予定していた日課を取り返すために数日はかかる。頑張って取り返すよりは、なかったことにするほうが却って効率的かもしれないけれど、それは起床に失敗したのが一日であった場合で、毎日のように予定をぶち壊すとなると話は変わる。寝坊したらしたで、それなりに一日の範囲内でカバーできるよう対策を立てておいたほうがいいだろう。
イレギュラーな起床に備えて、少し日課表を見直すことにする。

しかし起きるのが遅くなることは、必ずしも悪いことばかりではない。食事の回数が減るため、その準備や片付けに割り当てている時間はカットできるし、微々たる差ではあるが食費も浮く。睡眠は実質的にほとんど最低限の生命活動であるため、それが何か月も続くのでない限り、計算上は一食抜いたくらいで栄養不足に陥ることはないと考える。
食事の回数を減らすだけで、意外なくらい他の活動に向ける猶予が生まれるのだ。私は基礎代謝が相当に低いため(おそらく小学生並み)、必要エネルギーが常識的な基準には当てはまらない。体力が少なかったり寒さに弱かったりする代償の見返りとしては、時間を重視するという方針に沿った体質は理に適っているように思う。

時間を大切だと思っているにもかかわらず、惰眠を貪る毎日には、だから本当に辟易としている。たとえばアラームをセットしたところで、あまり意味がないのだ。鳴れば止めに起き上がるけれど、まだ半覚醒状態の頭は活発な方向に働かない。布団から出た直後の寒気にも負けてしまい、もう少しだけ目が覚めるまで温もりを纏っていたい、などと考えるのだろう。
次に時計を見た時には、既にそれから数時間が経過している。
残念ながら、あまり覚えていないのだ。眠りから覚めるかどうか、その瀬戸際にある私の意識は、完全な脳の管理下には置かれていない。どこか浮遊感があって、何をしでかすかわからない。確かに思惟するプロセスは存在していて、なんらかの判断に基づいて身体を動かしているはずなのだけれど、それは完全に覚醒している状態、今このように文章を書いている時の思考の流れとは、まったく感覚が異なるものだ。
あの瞬間の私は、私であって私でないのかもしれない。半覚醒状態の時のみ私の肉体が依存することになる精神体。仮にそれを掌握できるとしたら、きっと寝起きが非常にスムーズになることだろう。あるいは、そいつが表に出てこないように「半覚醒」などという中途半端な状態を作り出さないことができるとしたら、こんなくだらない悩みはなくなるのだが。

何か予定がある日は、妙な緊張感があるおかげで、起きてすぐに意識と接続できる。
ぐっすりと眠れた日も同様に、眠りの世界から足を引っ張る要素がなくスッと覚醒することができる。
解決策としては、外せない用事を作るか、睡眠の質を上げるか、そのどちらかだろう。
少し前に続いていた午前中指定の配達は、意外にも生活習慣を矯正する役割を担っていたのかもしれない。
こういう現象は冬に顕著に発生するため、やはり気温による影響は無視できない。けれど、たとえエアコンを稼働させていたとしても寒いものは寒いし、気温を意思で変えられない以上は、そうやって外的な刺激を設定するのが最も簡単な方策なのだろう。
まぁそれほどたくさん、外に向けた予定なんて考えられないというのが、また新たな悩みとなりそうで困ったところではあるけれど。