K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

メンヘラのような何か

気分屋なので昨日の決意が容易に翻る性質を持っている私だが、今日も相変わらず心が黒い空気を纏って仕方ない。
この一週間で生活に特段の変化はないはずなのに……いや、変化が少ないからこそかもしれないけれど、得てして頭で考えていても解決しない問題が精神には宿るものだ。

 

私は別に自らのことを病んでいるとは思っていない。なんらかの精神疾患に罹っている可能性を完全に否定することはできないけれど、この程度の暗い気分は日常の下振れの範疇だ。過去に何度も経験がある。
まぁしかし性格的な傾向として、ADHDだとか、それに類似する人間であるような気はしているので、「健常者」からすれば、随分と狂った生き方に見えるかもしれない。

とりわけ今回の精神的不調で特徴的なのは、原因がはっきりしている点にある。考えていても解決しない、などと上に書いておいてアレだが、間違ってはいない。原因を排除すれば問題は解決するに違いない……そんな感覚があるのだ。
けれども、判断がことごとく主観を頼りにしているから、確信することはできない。ただ、そう思うというだけのこと。そういう意味で、論理や客観性には著しく欠けるがゆえに、ある種の不安定さを伴う。
そしてこの構造自体がまさに、私の心に悪影響を及ぼしていると言ってもいいだろう。

焦点となるのは、原因をどうやって取り除くかというところだが、ここで考えるべきは原因が単一のものではないということだ。
これが悪い。だから改善しよう。
そういう流れは間違いではないけれど、だからと言って、それだけで簡単に事態が好転するわけではない。一つが解消されたと思ったら、別のところに問題が発生する。もぐら叩きではないけれど、常にどこから不都合が生まれるかわからないのだ。
そんなわけで、局所的に急激な措置を取るのではなく、できれば全体的にバランスを取りつつ徐々に体質を変えていきたいという考えがある。

 

いくつか具体的な話をすると、まず生活習慣の問題がある。
これはもう、直したとしても定期的に崩れてしまうものなので、明確な対処法というのは存在しないのではないかと思われるくらいなのだけれど、最も手っ取り早いのは、決まった日の決まった時間に何か絶対的なタスクを設定することだろう。
まぁ毎日、というのは難しいかもしれない。この日記だって、日によって書いている時間がバラバラで、午前中に書くこともあれば更新時間直前とか、あるいは過ぎてしまうことだってある。

ちなみに22時の予約投稿に設定しているので、たまに空の日記が表に出てしまうことがあるが、その日のうちにはちゃんと更新しているからセーフということにしている。
まぁ夕方から夜にかけてが一番多いし、ある程度は規則的とも言えるけれど、しかし日記だけでは生活の一部を縛るほどの強制力はないのも事実だ。

やはり根本的に解決を目指すなら、外出を含め、なんらかの用事を作るのが好ましいのだろう。初めは週に一回でもいい。
とにかく在宅ばかりでは、半ば自然に生じてしまう不規則な生活リズムを正して、さらに維持していくというのが困難なのだ。

 

もう一つは、前々から書き続けている、現状ふわふわしたことしか決まっていない仕事の話になる。
先方からアクションがある時は立て続けに情報が入ってくるのに、いったん途切れてしまうと平気で一週間以上も音沙汰のない状態になる。
向こうも日常の中で使える時間は限られているから、他に優先度の高いタスクが舞い込んできた際には私が後回しにされるのは当然の話で、その点については文句などない。
しかし、あまりにも放置期間が長いと、忘れられているのではないかと不安になってどうしようもないのだ。
仮にも今後ビジネスとして進めていくのであれば、もう少しフォローがあってもいいのではないか。思っていても、なかなか訴えるのが難しいのが人間関係というもので、しばらく連絡がない時にはどうすればよいのか非常に悩ましく感じる。

それでは、どうすればよいのかという話になるが、やはりずっと不安を留めておくのは心に毒なので、解消できるものなら解消してしまったほうがいい。
実際のところは聞いてみないとわからないものの、おそらく私の存在が先方の意識から一時的にせよ外れている可能性が少なくないため、どうにかして思い出してもらう必要がある。
しつこいのは嫌われるかもしれない。だから、何気なく尋ねる感じがいい。とりあえず一週間以上は待ってみて、それでも連絡してくれる気配がなければ、催促してみる。
それくらいの頻度なら、きっと互いに不快感を与えずに進捗を生み出すことができるだろう……などと思ってはいるが、はたして上手くいくかどうか。

今夜、この後にでも試してみたい。


この先にどのような未来が待っているのか……いくつかのパターンを想像するだけなら難しい話ではないはずなのに、実際にそれが現実のものとなると、なかなか瞬時に判断できなくなるのが人間というものなのではないか。
今の私が直面している精神的な不安だって、数日前とか一週間前とか、過去のある時点で想定することはできていたし、そうなったらこうしよう、という対応のパターンもぼんやりと考えていたはずだった。

まぁ無理だったわけだが。

いざそうなってしまうと、不安な感情というものの勢いが強すぎて思考リソースがあっという間に奪われてしまう。どうにか現実逃避をすることでしか、心を落ち着かせることができなくなる。
それも結局は時間稼ぎでしかないから、こうやって少し冷静になったタイミングで新しい動き方を模索していくしかないわけで、あぁ本当に、生きているだけなのになんて難易度が高いんだろう。人生というのは。

普通の社会人生活を送っている(ように見える)あの人もこの人も、内心では壮絶な葛藤の末に今を生きているのだろう。
外見からではわからない心の激しい動きというものは誰にだってあるはずで、だからこれは私だけに課された試練ではないのだ。
とはいえ、どう感じるかは個人差が大きいところで、私はこうして文章にすることである程度は気持ちを収めることができるし、特に何も対処をせずとも気にならない人だっているだろうし、暗い沼にハマって絶望の果てに堕ちてしまう人もいるのだろう。

上を見ても下を見てもキリがない。ならば、今はただ真っ直ぐと前を見ておこう。そう思う私だった。