K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

夏日と電気代

六月末には、まだ六月なのに暑すぎる、梅雨はどうした、などと言っていた気がするけれど、それから一か月が経過した今、季節なりに猛暑の体験を強いられることになっている。
それ自体は毎年のことで別に構わないのだが、週に一度くらいは涼しい日があってもいいのではないかと思う。どうだろう、地球よ。
私はずっと家にいるから、通勤通学で毎日のように外出しなければならない人と比べたら、暑さによるストレスを感じる機会は少ないが、それはそれで問題がないわけではない。

 

最大の問題点は、エアコンを休める暇がないということだ。
確か昨年も、夏の間はほとんど稼働させっぱなしだったように思うけれど、昨年とは電気代の単価が異なるため、このままでは請求額がどれだけ高くなるのやら。
気温が下がる夜中であっても、切ってしまうと妙に暑さが滲み出てくる感じがする。日中に溜め込んだ熱が、壁や天井から放出されてくるのだろう。結局、ずっと動かしていたほうが余計なエネルギーを消費しないから節約にもなりそうで、止めることができないでいる。
もし、こんな状況で故障でもしてしまったら、熱中症で死ぬしかないだろう。あるいは実家に帰省するか。
今のところは快適な空間を作ってくれている大切な道具なので、たまにはメンテナンス
も必要だと思っている。暑すぎて、そういう余裕すらないのが困ったところではあるのだが。

昨日の日記に書いたように、一週間ほど家を空けることになったので、いつ以来か忘れたけれどエアコンを止めることができるようになった。
冷蔵庫を除き、あらゆる家電の主電源をオフにしたりコンセントを外したりして、電力の節約を試みる。
この空白期間のおかげで、一か月分の電気代はギリギリ昨年と同等のラインまで下げることはできそうなのだが、既に現時点までの使用電力量が凄まじい数字を記録している。
一人暮らしにもかかわらず……むしろ一人で在宅メインだからこそコスパが悪いのかもしれないけれど、おおよそ春や秋の倍近くなっているのだ。

安価な電力会社に変更してこれなのだから、従来のぼったくり会社のままだったら、今月分だけで数万円まで跳ね上がっていた可能性があって恐ろしい。
あらゆるコストを節約し、余計な支出を抑えることに一種の快感を覚え始めている私にとって、体感以上に持っていかれるのは不本意そのものなのだ。
趣味に使いすぎてしまったら、渋々ながらも納得はできる。自分の意思の問題だ。コントロールすればいい。しかし、使わないようにしているのに前年よりも支出が多いとなると、もう削減できるポイントが存在しなくなって詰んでしまうではないか。

 

さて、もっと怖いのは来月分だ。
今月分は約一週間の不使用期間があるため安上がりになるはずだが、八月半ば以降の来月分に、そのようなイベントが発生する想定はない。
まぁ計算期間の半分は九月にかかっているから、多少は涼しい日が増えてくると嬉しいのだが……たいてい月の半ばまでは残暑が続きがちだから、あまり期待することはできないだろう。

夏は冬と比べて、ガス代がかからない。
確かにそういう傾向はあるし、実際に使用量は寒い時季と比べれば随分と少なく済んでいる。
けれど、こちらも電気と同様に単価が上がり続けているのだから、本当に困った話だ。バランスが取れていない。
光熱費の増加、上がり続ける食料品の価格……生きていくための最低限のコストが底上げされている状況は、常人よるも遥かに節約意識の高い私の生活にも少なからず影響を及ぼしている。

いつになったら緩和されるのか、それとも厳しくなる一方で日本は終焉に近づき続けるのか。
一年後すら予測が難しいのだから、十年後や二十年後なんて考えたところで無駄になる確率のほうが高いけれど、せいぜいギリギリでも構わないから、かろうじて生きていける程度の厳しさではあってほしい。