K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

『すずめの戸締まり』感想

新海誠の最新作である『すずめの戸締まり』を観てきた。
混んでいる映画館は好きではないのだけれど、流石に今年一番の大注目作品ということで、大々的にメディアで取り上げられていたりTwitterで話題にしている人がたくさんいたりして、不意にネタバレを食らうリスクがあるため、たまには行動力を発揮するところだろうと思い、早々に好奇心を満たすことにした次第だ。
どうせ誰も見ていない日記なので、今回はある程度、内容に触れる形で書いていきたいと思う。

 

先に、文句の付け所のない箇所を挙げていこう。
直近の過去作である『君の名は。』と『天気の子』にも言える点ではあるが、やはり力の入った背景作画には感嘆するし、映像美とセットで今作は音響への強いこだわりも感じることができた。
主人公であるすずめの息遣い、まるでそこに、目の前のスクリーンに、彼女の生きている空間が熱をもって存在しているとさえ思えるような没入感に富んだ画面づくりには関心するばかりで、内容以前の段階において映画館で観る価値を十分に感じられる力作であることは間違いない。

私は事前に主体的な情報収集をしていなかったため、既知の部分はCMなどで見せられた一部のカットのみだった。冒頭の何分かは公開されているらしいが、見ないで正解だったと思う。
というのも、おそらくその公開されている部分に関しては、意識を作品内に落とし込む上で大きな役割を果たすからだ。劇場で初めて目にする、初めて耳にする、その精緻な情報の数々は、本作を楽しむために必要な心構えのようなものを構築するにあたって、極めて上質な役割を担うことになる。
すずめという人間と、その周辺の環境を理解して、自らを神の視点を得た傍観者としてその世界の片隅に介在させる。そういう意味で、冒頭のシーンには一気に引き込まれることになったし、端的に感想を述べるとすれば、秀逸の一言に尽きる。

今作の特徴をいくつか挙げていくと、まず大きなポイントとしてはファンタジー色が非常に強い点だ。
たとえば『君の名は。』では、二人の主人公を繋ぐパーツとしてファンタジー要素が鍵となった。たとえば『天気の子』では、ヒロインのアイデンティティと世界の命運を左右するアイテムとしてファンタジー要素が活用された。
人知を超えた特別な力……アニメなどの創作においては珍しくもない要素ではあるけれど、過去作ではあくまで現実世界の描写が主体となっていた印象がある。
一方、『すずめの戸締まり』では、現実と異世界が表裏一体に重なり合っていて、すずめ視点の非日常が次から次へと描かれることになる。
適切な表現かは微妙なところだが、明らかにジブリ的なエッセンスを感じ取ることができた。

そして何より、観た人間の心に強く残るであろうポイントは、かの大震災を示唆するシーンに他ならないだろう。
私はずっと東京在住なので、当時も多少の揺れは経験してはいるけれど、当事者かと言われるとそうではない。本作が選んだテーマには震災に対する人の想いが込められているがゆえに、各々の経験次第で受け取り方や感じ方は大きく異なるはずだ。
実際にトラウマを抉られる人がどれだけいるのか想像もつかないけれど、人によっては強く刺さる、いや刺さりすぎることは間違いない。
終盤で、平和な日常を送る人々の「行ってきます」が繰り返し描かれるところがあるのだが、ここで私は思わず涙が出そうになった。
ああ、こういう風に表現する方法があるのかと思った。直接的には描かずとも、あの日を知る日本人なら誰しも、どうしたってその先にあるかもしれない悲劇を連想することになる。
だからこそ、ラストの言葉は一部の人にとってこの上ない救いになったかもしれない。

全体的に漂う重苦しくて暗い空気感には、だから違和感がなかった。事前に内容を知ろうとしていなかっただけあって、実は前作や前々作の雰囲気を求めていた自分もいたから少しだけ唖然とする羽目になったけれど、他方でこういう真剣なテーマも嫌いではない。かなり攻めた作品であると察してからは、動揺することなく楽しむことができたように思う。

 

不満というほどではないけれど、個人的に気になった箇所を挙げていく。
まず尺の問題だ。劇場作品にこう言うのはナンセンスかもしれないが、もっとじっくり楽しみたいという気持ちを強く抱いたのだ。
特に序盤から中盤にかけて、すずめが椅子なった草太と旅をしていき、様々な人と出会うシーンがあるのだが、ここのテンポが速すぎたように思う。「そうはならんやろ」的なツッコミをしたくなるくらい、すずめの行動に対して都合が良すぎる展開が目立っていて、もう少し時間をかけて丁寧に描くこともできただろうに、と思わずにはいられなかった。
もっとも、ここに時間をかけすぎると物語の本質的な部分を表現する力が相対的に弱まってしまう可能性があるから、映画作品としてまとめるためには本作の形がベストに近いと納得することはできる。
ただ、あまりにも、もったいない。
2クールアニメの総集編を観ているようだった、というような感想をTwitterで目にしたけれど、かなり的を射ていると思ってしまった。登場人物それぞれに魅力的な引き出しを感じることができたし、話数をかけて中盤の道程を充実させていれば、より一層カタルシスを強化できたかもしれない。
出会ったばかりの青年に対する不思議なくらいの執着というか、あまりにも突発的で性急に見えるすずめの行動原理を不思議に感じる部分が序中盤に頻発していたけれど、ここに説得力を持たせるためには描写を詰め込む時間的な余地が少なすぎる。
逆に大衆向けを意識するなら、これくらいフットワーク軽くトントン拍子で進めていくほうが望ましいのかもしれないが、細かい描写を欲するオタクとしては物足りなく思ってしまった。

高校生の女の子が家出をしたとして、いったいどれだけの善意を受け取ることができるのか、その現実的なラインを私は知らない。だからリアリティ云々は論じることができないのだが、それにしたって出てくる人間が次から次へと善人ばかりで、ここは人の悪意が強調されていた『天気の子』とは好対照だったと思う。
作中で話を動かしていく重要な役割を持つ「ダイジン」と呼ばれる猫に関しても、そのマスコット的な取り扱われ方には奇妙な世界の理を感じた。動く椅子にしてもそうだが、明らかに普通ではない存在が複数人に目撃・撮影されてSNSに投稿される。その流れ自体は理解できても、スピード感は現実離れしているし、SNSはただ単にすずめが次の目的地を決めるための手段にしかなっておらず、消化不良感があった。ここも尺さえあれば……と感じた一因だろう。
序盤と終盤が心に鋭く突き刺さっただけに、中盤の展開については別の形があってもいいというか、他の可能性もあったと思わずにはいられない。

要所要所で監督の趣味が垣間見えるシーンが描かれ、さらに私は欲してしまったところがある。
もともと「そういう描写」にこだわりの強い監督のはずだから、もっと前面に押し出してくれても構わないのに、と。今回はテーマがテーマだけに、軽率なフェチ要素は厳禁だったのかもしれないけれど、アレとかアレとか本当に最高だった。
やはり、物足りない。

そうそう、感想を語る上で欠かせないのが途中から登場した芹澤というキャラクターだ。
チャラい外見とは裏腹に、聖人かと言わんばかりの好青年で、映画を観た人間は全員が彼を好きになること必至だろう。
車で松任谷由実を流す音楽センスもギャップ萌えの塊だし、私も随分と昔に実家の車に揺られながら昭和の曲を聞かされていた経験があるから、とても感傷的にさせられてしまった。

それ以外だと、他者の感想を軽く漁ってみて気づかされた点も多くて、自らの初回で把握し消化できる分量の少なさには呆れ果てる思いだ。
すずめと叔母の関係性にまつわる描写がところどころに挿入されるのだが、正直に言うと中盤の後半まではその重みが理解できなかった。
アニメ作品としては、あまりにも良い意味でキツいと言うべきか、人間関係の難しさを知る人なら容易に自身の経験の重ね合わせることができそうな気持ちのすれ違いがストレートに表現されるシーンがあったのだけれど、これを単に痛みとして捉えるだけでなく、その何気ない一言が与える影響の構図というものが今度はすずめとダイジンの間にも描かれていたということを知り、なんだかゾッとしてしまったのだ。
そこまでは、ただの気味悪い舞台装置でしかなかった猫が、急に温もりを獲得して感情に訴えてくる。
見落としているポイントも多いだろうし、一度きりで全部を回収するのは無理がある。感想を書きながら振り返るほど、かなり濃い作品であることを実感する。

あと書いておくとすれば、すずめだけ方言が控えめなのに、周りの登場人物は訛りが強いことに違和感があったけれど、しっかり観ていたら理由に気づけるとか……冒頭の夢に出てくる謎の人物の正体は予想が当たったけれど、それが合っていることを理解すると同時に悲しい事実を受け止めなければならなくなって、感情が複雑になったとか……こんな風に、帰宅直後に余韻に包まれながら勢いで書いているから軽い感想として言語化できているけれど、細かい要素を拾い上げて本格的に述べようと思ったら、いくら時間があっても足りないだろう。
既に字数は4,000字を超えそうだが、まだ全然、足りている気がしない。
これはひょっとすると第一印象以上に、実は途轍もなく深い作品なのかもしれない。

 

総じて、好みにより評価は分かれるだろうけれど、間違いなく名作と言っていい映画ではあると思う。
あまり点数で表現するのは好きではないが、『君の名は。』が安定して80点付近であり、『天気の子』が60~90点と幅があるとすれば、『すずめの戸締まり』は一般に75~85点くらい、一部の人間にとっては50~95点まで広がる作品なのではないかと私は感じた。
前の二作品は公開から時間が経ち、自分の中で思い出補正を含めて客観視できるようになっているから、たとえば今なら『君の名は。』よりも若干『天気の子』のほうが好きかもしれない、などと言える。
『すずめの戸締まり』については、今後しばらく時間をかけて相対的な位置を定めていくことになるだろう。

 

余談だが、すずめ鑑賞中に劇場が揺れているような感覚があった。席が前後にグラグラと……まぁ微々たる揺れだったので、その瞬間は錯覚かもしれないと思ったのだが、後から確認してみたら本当に揺れていたらしく、不謹慎ながら臨場感のある4DXを体感することができた。
いや本当に、こんなタイミングで大地震が起こらなくてよかった。