K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

ポケモン新作が出るわけだが

いつからだろう。ポケモンを純粋に楽しもうという気持ちを持てなくなったのは。コンテンツ自体に興味を抱けなくなったのは。
今夜から発売となるポケモンの最新作は、多くの人が注目しているということで、事前に各所で話題になっているのを目にしてはいたが……私にとっては他人事でしかなかった。
購入予定はなく、自分が遊ぶ姿を想定できない。どうしてこうなってしまったのだろう。

 

別にゲームなんて義務ではないのだから、無理に時間を作ってプレイする必要なんてない。それでも、かつては新作が出る度に熱中していたし、生涯の通算ポケモンプレイ時間はおそらく3,000時間を超えているくらいで……まぁこの数字自体はガチの人間からすると大したことがないように思われるかもしれないけれど、あまりゲームを遊ばない人間からすれば途轍もなく膨大な時間であることに変わりないし、それだけポケモンというコンテンツに前向きな形で楽しめていた時代を思い出すと、今の無関心な状態は些か不思議に感じてしまうのだ。
世間が騒いでいる。昔とは違って大人も普通にゲームを遊ぶ時代であり、小学生から社会人まで、ゲーム好きはポケモンワールドに浸る期間がやってくる。
その潮流に身を任せることができずに、どこか離れた位置から活気づく様を眺めているだけの私は、いったいなんなのだろうか。

原因を考えてみたが、すぐに頭の中に浮かんだものとしては、二つの要因が考えられる。
まず、私自身に変化があった説だ。幼い頃や学生の時分においては、まだ私の視野が狭くで、日々の楽しみにできる行為が非常に少なかった。シンプルに面白い上に、同級生たちと話題にできるということで、むしろ手を出さないほうが難しかったかもしれない。
しかしながら、そのような年齢に応じた社会コミュニティを抜けた今となっては、ゲームの話題を共有する人間など存在しない。大人になっても日常的に交友関係を維持できる社交性に富んだ人間は別なのだろうが、そうでない私はいつの間にか孤独になっていたから、このような話ができる相手なんていないのだ。
そうなると、モチベーションは常に自分の中から抽出する必要があるのだけれど、最も楽しんでいた時期を理想とする気持ちが強すぎるせいか、増え続けるポケモンや進化し続けるグラフィックなどの新要素に、徐々に魅力を感じなくなっていった。
懐古厨の老害と言われても仕方ないけれど、私はBW2の第五世代が至高だと思っている。

もう一つは、Switchという覇権ハードを持っていない点だろう。
そもそも家庭用コンシューマーゲームに対する意欲が減退しているのだ。ポケモン以外にも、以前に遊んでいたタイトルの続編や、興味をそそられる新作は出てきているのだが、いずれもSwitchであるという一点のみでプレイを断念してきた過去がある。
本当に気になっているのならSwitchを買えばいいという話ではあるのだが、そこまでして遊びたいわけでもないというか……結局のところ現在の私がゲームに向けられる熱意は、その程度のものということなのだ。
過去作ほど魅力的に見えない新作と、わざわざ買うほどでもないSwitchのソフトという二つの要素が合わさって、私のポケモンへの関心は以前の勢いを取り戻すことができなくなった。

近年は自分で遊ばなくとも、配信者のプレイを眺めるだけで多少の満足感を得られるようになったという側面も無視できないかもしれない。
ゲームそのものというよりは、ゲームとそれを遊ぶ配信者という塊を包括的にコンテンツとして消費するようになった。
令和最新版の、ひとつのゲームの楽しみ方ではあると思う。

 

余談ではあるが、ゲーム自体を嫌いになったわけではない。
今年は上半期の前半くらいにダクソ1やダクソ2を楽しんだし、ウマ娘やブルアカは毎日ログインして遊んでいる。
PCやスマホでプレイできるのであれば、精神的な障壁は少なく気軽に手を出すことができるのだ。
それではPC版のポケモンが出たらプレイするかと言われたら微妙なところだけれど、他のゲームのプレイ状況を鑑みるなら、上に挙げた仮説は後者のほうが原因としては大きいのかもしれない。

PCはゲーム以外の用途が大きくて、ゲームはオマケというか、暇潰しにその性能を活用するというスタイルだが、Switchは基本的にゲームを遊ぶことでしか使い道がない。
実家で埃を被っているDSやPSPのゲームたちを思い返すと、もしそれらがPCのソフトであれば今でも遊んでいたかもしれない……などと考えてしまう。