K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

後輩

中学高校と帰宅部だった私には、後輩というものが存在しなかった。
同じコミュニティに所属していて、年齢が自分よりも下の存在……そんなものを想定するのは、とても難しい。


厳密に言えば、中学の初めは野球部に入っていた。なぜ、あのとき野球に興味を持ったのか、実のところよく覚えていないのだけれど、野球が主題の漫画かアニメを見て憧れたんだろう。ありがちなやつだ。
確かに、あのとき私は誰かの後輩という存在になっていた。なんて窮屈なのだろう。先輩たちは基本的に得体の知れないデカブツで、まだ発達しきっていない身体の私にとっては恐怖の対象でしかなかった。仲が良くなるまで在籍しなかったせいか、先輩とは後輩にとって怖いものだという認識がどこかに生まれたまま、長年放置されてしまった。
辞めた理由は、しかし先輩はまったく関係ない。簡単な話だった。所属人数が足りず、部活内で練習試合ができない。初心者で貧弱な私にとって、朝練を含む日々の身体活動が苦しい。次第に、自ら野球をプレイすることに対する興味が失せていった。

一度、部活動というものに嫌悪感を抱いてしまうと、再び入るのは困難を極める。しかも途中からなんて、私にはハードルが高すぎる。
高校入学時はチャンスだったのかもしれないが、すっかり帰宅部の活動が身についてしまっていたため、あらためて自分の時間を学校の活動に費やそうという意識になることはなかった。
運動が苦手だったわけではないし、むしろ得意なくらいだったので、何度か勧誘されたこともあった。けれど、私はことごとく断っていた。だって、興味がないんだもの。
今から思えば、文化系の部活動は魅力的だ。もし高校時代に戻れるのなら、どこかに入って「青春」を少しでも味わう努力をするかもしれない。益体のない妄想だけれど。

大学では、さすがに孤立することへの恐怖と、多様な価値観に触れたいという気持ちから、複数のサークルに入ることにした。
結果的に、自分に合うという意味で残ったのは一つだけだったけれど、いろいろと試したのは悪い経験ではなかった。先輩というのは怖いだけの存在ではないということも、知ることができた。
ただ、年次が変われば下の代が入ってくるわけで、当然のことながら先輩として接する必要がある。私は困惑した。どうやって振る舞えばいいのか、まったくわからない。
対先輩においては、基本にそれまでの人生が同い年か年上しかいない環境だったわけだから、適当に応用が利いた。しかし対後輩の場合は、取りうる手段が皆無に等しい。普通の人が当たり前に持っている経験が、私にはなかったのだ。
ただでさえ積極的な交流をしない性格の私が、そこでうまく成長できるはずもなく、結局一年後も二年後も、「後輩」と関わる機会は事務的なものや場の流れによるもの以外には、ほとんどなかった。あれは、もったいなかったなぁと今でも思うけれど、やはりどうすれば正解だったのかわからない。

会社に入ってしばらくは、一番若い人間として過ごさなくてはならない。それなりにストレスが溜まる部分はあるけれど、これまでとあまり変わらない、気楽な状況が続いた。
しかし、時が経てば下が入ってくる。ああ、なんて面倒なんだろう。
大学のサークルとは違って、同じ部署に同じ代のメンバーはいない。下の世話をする役割は、必然的に担わなくてはならない。扱いを心得ていないというのに、まったく困ったものである。

まぁ近いうちに私はいなくなるのだし、引き継ぎという風に考えるなら何も問題はない……と思うことにする。後輩だと思わなければいい。会社なんて年齢は関係ないのだ。知らない人に知識を与える。たったそれだけのことだ。
とはいえ、やはり年下だと変に気を遣ってしまうから、年上のほうが相手をしていて楽なのは事実なのだった。