K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

解放感と虚脱感

結局、私は嫌いになりきることができなかった。あの場所にいる人々のことを思い出すと、複雑な心境に陥って正常な判断が難しくなる。
ひたすらに人がいい。そんな空間だった。

 

月が変わった。夏から秋への移り変わりは、新しい気分になる季節だ。そして春と同様に、出会いと別れの季節でもある。

これですべてが終わったのだと思うと、とても解放感があるけれど、同時にすっきりしない感情が次々と出てくる。それは心残りとも違うし、この先への不安とも少し違う。
円満に事を進めるには正当な手続きと段階を経る必要があって、私はそのどこかで、手を差し伸べられることを期待していたのかもしれない。
現実には、やけにあっさりとした反応しか見せてくれなかった。「よくあること」なのだろう。私だって、似たようなものだ。少し前に、私よりも前に去った人間に対して私が向けた態度は、今の彼らとなんら変わらない。特別でもなんでもなくて、それが普通なのだと今さらのように思い知る。

そんな中でも、積極的に声をかけてくれる人がいた。電話越しではあるけれど、真っ直ぐな感情がよく伝わってくる。
記憶の限りでは、私に初めて出来た本当の意味での後輩。私の選択がなければ後輩になり得なかった後輩。私が、彼の人生を変えたのだ。
この数週間は、とにかく新しいことばかりで大変だっただろうし、これからも大変が続くことだろう。頑張れとは言えない。投げやりに聞こえるかもしれないが、「うまくやってくれ」としか表現できない。
何も成しえないと思っていた私の仕事として、最後の最後に彼に出会えてよかった。実際には一度きりしか会っていないのだけれど、それでもこの数週間、本来なら数か月分に相当するであろう会話を彼と交わした。彼の長い人生において、ほんのひと欠片でも私のことを覚えていてくれたらいいなと思う。

 

迷惑なんてかけないと思っていたけれど、私の分の負担はどこかに流れていくわけで、誰も無傷では済まないのだ。
痛いと言われた。依頼をすれば、なんでもいい具合にこなしてしまう有能な人員がいなくなってしまうのは。直接そのような言葉が使われたわけではないけれど、そんな風に聞こえた。
評価されるのは純粋に嬉しいことだ。
でも、私があの場所を抜け出すことにした要因の一つは、まさにそういうところだった。基本的に、私にとっては要領よくできる事柄が多くて、けれどまったく面白くなくて、そうやって便利屋みたいに扱われることに、いつしか疲れていた。
私は、もともと持っている力を適当に振り回すだけで完遂できてしまう作業を繰り返すことよりも、無限に自分の可能性を追求できる道を進むほうが、ずっと面白そうだと思った。じっとしていられない。面白くないかもしれないし、面白くてもそれ以上につらいかもしれない。それでも、どちらが魅力的かと問われれば、迷わず後者を選ぶくらいに。致命的に、私の本心と相性が悪かったのだ。他には何も悪くない。

思い返せばあっという間で、日々の記憶が虚しく心を巡りゆく。この長いようで短い、けれど永遠の苦しみのような時間はいったいなんだったのか。
いいこと。悪いこと。いろいろあったけれど、決してバランスは整っていなくて、決定的にカタルシスが欠けていた。いったん精神の悪循環に犯されてしまったら、もはや普通ではいられない。
……はてさて、普通だったことがあっただろうか。いやいや、最初は、きっと普通だったはずなのだ。スタート地点から大きくずれていたら、ここまで歩いてくることすらできなかっただろう。一面的にせよ普通に倣い、普通を目指す期間があったからこそ、そうでない世界に魅力を感じることができるようになったのだ。無駄だ無駄だと愚痴を漏らしながらも、そういう意味では無駄なんかなかった。


最初に考え始めた日から、およそ一年。決意を固めた日から半年ほど。行動に移してから二か月と少し。
各段階において心の持ちようは随分と変化してきた。特に最終段階である現在は、すっかりと朽ち果てて空洞のようになっている。
何をしても動じない。無感情に近くて、そしてやはりつまらない。この一週間ほどは忙しくて大変でも、以前のようには苦痛を感じなかったくらいだ。
とうとう何もかもが終わった今となっては、完全に力が抜けてしまったような感覚がある。
これから、どうなるのだろう。私のことについて。彼らのことについて。永久に答えの出ない問答だ。くだらない、といつものように切り捨ててしまってもいいが、今日のところは心に抱えたままでいることにしよう。今日と、それから本当に最後の日までは。

あまり深く悩みすぎると、また迷走極める円環にとらわれかねない。なんのために新しく動き始めることにしたのか、このところの多忙で忘れているのではないか。思い出さなければならない。
後ろを向くから不要な情報に惑わされるのだ。そして、足元が疎かになって転倒する。一切を振りきって前を向いて歩けば、障害物に当たることなんてないだろう。
少しばかり頭の整理は必要だけれど、数日もすれば時間が解決してくれると思っている。
これまで脳が死んだみたいに虚ろな苦悩の日々を送っていた私が、死に物狂いになって真に生き生きとして頑張ろうと一生もがき苦しんでいくのが、これからの物語だ。