K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

整理

今まで、いつか時間が出来たらやろう、と後回しにしていた作業に手をつけ始めた。
具体的には、PCに入っているファイルの分類・削除など。本当は部屋の片付けもできたらいいのだけれど、どうせすぐに散らかるから、それは出ていく間近でもいいような気がした。

 

毎日のようにPCを触っていると、いろいろなものをダウンロードしたり、逆に取り込んだりと、フォルダの中がぐちゃぐちゃになってくる。
最初から保存先を分けておけばいいのかもしれないが、ちまちまフォルダを作って管理するのは性格的に難しい。部屋の中と同じで、ある程度は散らかっていたほうがファイルの置き場所などわかりやすいことだってある。

整理と言っても独自にカテゴリー分けして各フォルダに放り込み、わかりやすくリネームするような作業がメインだ。
PC知識のない数年前なら一つひとつ手作業でやっていたようなことを、PowerShellなんかを使って一括で進められるようになったのは、成長を感じられてよかった。
とはいえデータの数が膨大なので、それなりに時間がかかった。もう当分やりたくない。

今のPCに買い換えてからおよそ二年半分になるが、今回移動した容量としては500GB~1TBくらいあっただろうか。何をそんなに、と自分でも驚くけれど、最近は画像にせよ動画にせよサイズがどんどん大きくなってきているから、いつの間にか記憶域の使用率が上がっているものだ。
HDDは3TBのものだからまだ余裕はあるものの、SSDは220GBちょっとのショボいやつなので、だいぶ逼迫している。ソフトウェア専用のインストール先にするしかなく、基本的に他のファイルは全部HDD行き。
そういう構成のものを買ってしまったから仕方ないのだけれど、後付けするにしてもHDDは余っているしSSDは高いしで、若干の読み込みの遅さを感じる以外には困っていないのが現状だから、あまり気が進まない。

PCの寿命はだいたい五年くらいと聞いている。以前に使っていたデスクトップは、ちょうどそれくらいで死んでしまったから、普通に使っていたら十年とか十五年なんてのは無理な話なのだろう。
あと二年半くらいと仮定するなら、今のペースでいけばHDDの容量はぴったり足りるくらい。その頃には大容量で安価なSSDも出ているだろう。
PCが壊れると言っても原因はさまざまで、HDDやSSDが起因の故障ならデータが危ういけれど、よくあるのは電源とかマザーボードあたりだと思っている。デスクトップかつ知識があれば、パーツを換装するだけで簡単に直せることもあるので、必ずしも動かなくなる=買い換え必須というわけではない。
ただまぁ、CPUやグラボは進化しているし、どうせなら全取っ替えしてしまったほうが金はかかるが手っ取り早いということもあって、やはり壊れたら新しいものを買ったほうがいいかなという感覚が強い。

HDDやSSDが無事ならそのまま移行させることになると思うが、正直なところ長年の蓄積の中には不要なファイルも大量にあって、新しい環境に持っていきたくないという考えもある。現実の整理整頓にも言える断捨離的なものを、データに対しても行う必要があるのではないか。
データは場所を取らないことがメリットで、だから取っておいても問題ないのかもしれない。ただ、この時代だから、次から次へと新しくファイルが増えていくわけで、それが際限なく続く。自分が作成・保存したはずなのに、何がなんだがわからない、なんてことにもなりかねない。一人の人間が把握できる容量は、おそらくすでに超えている。そういうものは悩むことになるよりも前に捨ててしまったほうが、余計な混乱を招かないのではないかと思った。
思うだけで、実際には行動に移せないのが厄介なのだけれど。

たとえば、三年間使用していないものは今後も使わないから不要だという考え方。理にかなっているとは思うが、五年後や十年後に、ふとしたタイミングで視界に入るかもしれない。ああ、こんなものがあったなぁ、こんなことがあったなぁ、なんて感傷に浸る時間は、対象物と自分との間に構築される特別なもので、ある意味かけがえのないものだ。捨ててしまえば、その機会を逸することになる。そのまま永遠に忘却してしまう可能性のほうが高いだろう。それって、なんだかとても寂しい。
そんなことだから、いつまでも整理ができず散らかしっぱなしにしてしまうのだ。わかっている。でも、そういう感情って、どうしても無駄とは思えない。人生において絶対に必要とは言わないけれど、きっとマイナスのことばかりでもない。私はそう信じたい。
まぁつまり、きっぱりとはいかないから、時間をかけて妥協点を探るしかないわけだ。
あぁめんどくさ。