K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

会話能力の低下

こういう情勢なので仕方ない……と言えば仕方ないかもしれないが、記憶にある以前の自分と比べてあまりにも口が回らないものだから困惑する。
似たような状態になっている人は世の中にたくさんいそうなものだが、上手く話せなくなってしまった人間が再び流暢に喋る感覚を取り戻すことはできるのだろうか。

 

先日の一件で、家族以外の人間と話したのがおよそ四か月ぶりのことだった。その最後の機会だって約一か月ほど間隔が空いていて、随分と久しぶりだったから口元の動きが覚束なかったことを覚えている。
言いたいことは頭の中にイメージとして出来上がっていて、それを言語化して発するだけだというのに、どうも考えを口語に変換する際に目詰まりのようなエラーが発生する。
次々と浮かんでくる考えが、そのまま素直に言葉という形にならないのだ。思考の速度は大して変わっていないから、アウトプットが鈍化する分だけ自然と発言が混沌めいてくる。言いたいことが言えず、言う必要のない言葉を出してしまったり、正確な表現が思いつかなかったり。
言語を操る能力は人間にとって先天的に与えられた天賦だけれど、基本から発展した高度な語彙だとか他者に的確に説明するためのメソッドなどは、成長とともに後天的に学んでいくものだ。そして鍛えられるということは、使っていなければ衰えるのもまた当然の話で、喉や口や舌に思考を伝達する働きを長らく怠っていれば、会話能力は幼子に等しい水準まで低下しても不思議なことではない。
私はすっかり、喋れなくなっていた。

喋れない、というのは、やや比喩的な表現で、実際に対面の相手と意思疏通ができないなんてことはない。もちろん、一般的な小学生や中学生よりも使える言葉の数や表現は豊富であるし、日常的な観点で言えば何も問題はない。
ただ、人と関わる機会に恵まれていた学生の頃と比べてしまうと、会話を展開する力が明らかに劣後しているのだ。
思った通りに言葉が出てこない。一瞬だけ会話を止めても詰まりを解決する表現が閃くことはないし、結局しどろもどろになりながら、なんとか伝えようと努めるしかない。
相手がそれを見て、それを聞いて、いったい何を思うだろう。そんなことに意識を回す余裕などなく、ただひたすらに脳内で起こっているバグと向き合いながら、慣れないアウトプットを繰り返す。
そして終わってから、家に帰ってから、あの時はこう言うべきだった、と深く反省するのだ。考えすぎて眠れなくなるほどに。

一方で、これは毎日欠かさず日記を書いている効果なのだろうか、文章という形で言語化を試みるなら、会話ほど大きく能力が衰えたという感覚はない。その日の調子によっては非常に冴えていると自ら感じることもあるくらいで、やはり何事も継続することが肝要なのだと思い知らされる。
文章は口頭での表現と比べて、同じ分量でも圧倒的に時間がかかるのが大きな特徴だ。書く……パソコンだと「キーボードを打つ」だし、スマホでは「フリック入力をする」というような言い方になるけれど、ともかく口から伝達される速度に勝るものはない。
ちょうど頭の中に生まれた思考が、明確な形をもって外に出てくるまでのラグに、文章は適しているのかもしれない。
デメリットを挙げるなら、考えがまとまらないうちに別の考えが噴出してくる可能性があるせいで、言語化が追いつかないことが珍しくないということ。先刻まで何を書こうとしていたのか……一つ前のテーマがようやく終わった後に浮かぶ疑問は、とても馴染みのある気持ち悪さとして定着してしまった。

会話における問題点はどちらかと言えば「思ったものが出てこない」という感覚で、文章における問題点は「思ったものは出てくるが連続性に乏しい」というイメージだ。
もしテレパシーや、考えを一瞬で転写できるような能力があるのなら、こんな不具合とは縁がないだろうに。思ったところで実現性は皆無なので、人に物事を伝えるための力はなるべく現状維持、できれば常に向上させる気概をもって生きていきたいものだ。


なお、衰えたのは会話能力だけではないようで、喉そのものも含まれるようだ。声を発するのは声帯が動いているからこそ可能なわけだけれど、もちろん声帯は筋肉によって動く。
歩かなければ脚の筋力が落ちるのと同様に、喋らない生活が続いていれば発声器官としての物理的な力も低下してしまうらしい。
以前から大声を出すのは得意ではなかったとはいえ、普通の日常会話ですら意識して声を出さないと相手に聞こえる音量にならないし、ちょっと会話を続けていると喉が痛くなったり声が嗄れてきたりするので困ったものだ。
なんだか、だんだん健全な人間としての最低限度の力まで失いつつあるような気がしたので、運動不足解消のために散歩をするような要領で、会話のトレーニングをしたほうがいいのではないかと思わないでもない。
まぁ残念ながら気さくに話せる相手がいないので、難しいわけだけれど。
独り言は近所迷惑になりそうだから、気分転換も兼ねてヒトカラにでも行けばいいのだろうか。