K's Graffiti

文章を書いたり絵を描いたりします。

アレとの戦い

自分にしては冷静に上手く対処できたものだと思う。越してきてから一年が過ぎたタイミングで、黒光りするアイツが姿を現した。
時刻は夕方、今日は夜に出かける用事があったので、外出準備にバタバタしていた頃だったけれど、ふと室内のドアを開けた瞬間に足元で動く何かが視界に入ったのだ。
瞬時に察した。ついに出てきたか。住み始めてから長くないとはいえ、築年数から考えれば不思議ではない。もちろん、私が掃除を怠っているのも大きな一因ではあるだろうが。

 

幸いだったのは、まだ巨大化していなかった点だ。サイズはおよそ1.5cm程度で、動きも緩慢な部類と言える。
大きなアレが部屋中を動き回る気色悪さは言うまでもないことだけれど、この程度であれば気分を害されるとはいえ、かわいいもの。いや、まぁかわいくはない。
流石に新聞のようなもので叩き殺すのは後始末を考えると躊躇するところではあったので、ここは特殊な液体を用いることにした。

以前に、実家でカビキラーのような強力な洗剤を吹きかけて、大きなアレを退治したことがあった。一瞬にして全身を泡で覆うことで、俊敏な動きが失われ次第に呼吸困難を起こす。
細かい仕組みについては知識が不足していたけれど、とにかく溺れさせる勢いで何かしらの薬物を当ててやれば、ヤツらは抵抗できない。

すぐに取り出せて、吹き付けられるアイテム。私は滅多に掃除をしない関係で、トイレや台所に使えるタイプの強い洗剤は常備していなかったけれど、こういうご時世で買っておいた手指用のアルコール消毒液が適切だった。
たとえ外したとしても、床や壁が汚れることはほとんどない。妙な臭いが充満することもないし、乾いてしまえば何もわからない。ただ、殺菌効果があるだけ。
霧吹き付きのボトルを手に取って、床に這うヤツに思いきり噴射した。

即効性はなかったから、アレは逃げるように隅のほうに移動していったけれど、すかさず追撃を食らわせる。まだ全身が濡れるほど当たっていなかった。途中で、より広範囲に命中するよう口を絞って噴射を続ける。
明らかに床の一部が水浸し……アルコール浸しになっているのがわかるくらい吹きかけた頃には、もうすっかり逃げる余力はなくなっているように見えた。
これで死んだかどうかは不明だ。複数枚のティッシュで床の液体を拭き取りつつ、動かなくなったアレを包んでいく。割り箸で軽く、潰すまではいかない程度の強さで押してみて、あとは何重にも丸めてゴミ袋の奥深くに突っ込んだ。
アルコールが乾いて、ティッシュの隙間を掻い潜って出てきたら嫌だけれど、そんな体力は残っていないだろう。半分くらいは願望だけれど、また出現したら同様に対処すればいい。

一匹いたら、百匹いるかもしれない。ただ、これから寒くなる季節なので、注意すべきは来年の春以降になるだろう。
それまでには掃除を済ませ、対策アイテムを設置しておきたいところだ。

 

この短い戦いは、ほんの数分の出来事だった。とはいえ、時間的な余裕を作っておいて良かったと思う。電車は一本遅らせることになったものの、無事に予定の時間には間に合った。
たまにしか出かけないのに、そういう時に限ってギリギリのタイミングにアクシデントが発生するのは困ったものだが、そもそも外出の用事がなければアレの存在に気づかなかった可能性が高いから、複雑な気持ちにもなる。
ひょっとすると、もうしばらくヤツと同じ空間で過ごすことになっていたかもしれない。これは、見つけてしまったからこそ生まれた感情ではあるが、本当に苦手だから勘弁してほしい。